BACK

 建物の外壁を背負いながら、丁度角から玄関側の様子を窺った時だった。
「うわあっ!」
 それはまさに、アーリャのゴーレムが巨大な拳を地面へ振り下ろし、その爆発に巻き込まれた野盗達数人が、文字通り宙を踊った瞬間だった。
 地面どころか、建物そのものを土台から揺るがす大きな衝撃は、離れている俺にすら腹の底まで響いてくるものだった。あんなもの、もしも生身で受けでもしたひとたまりもないだろう。戦々恐々としつつ周囲を見ると、既にそのひとたまりもなかった野盗の姿が幾つか転がっていた。一人だけ未だ意識が残っていて、身をよじりながら唸っていたが、傍目からも二度と立っては歩けないであろう無惨な姿だった。悪党相手とは言えど、流石に俺は背筋が寒くなった。
「さあ、いい加減に観念しなさい。大人しく裁きを受け入れるのです」
 ゴーレムを操りながら、アーリャは毅然とした姿勢でそう宣言する。一見すると、それは如何にも正義感に溢れた公明正大な人物の様相だったが、周囲に広がる血生臭さが、それをむしろ狂的な一種の何かに感じさせた。
 アーリャは当初、悪は許さない、見逃すべきではない、そう主張して一歩も引かなかった。それは一般論における正義、それも世間知らずがこじらせたものだと思っていたのだが。これではまるで、正義と悪にかこつけた虐殺ではないだろうか。
 ゴーレムとアーリャの位置を確認し、合流タイミングを計る。アーリャの真意や正体はさておき、今は一刻も早くアーリャと合流し、この場から逃げ出す事が先決だ。こちらが逃げ出しても、これだけ手痛い目に遭わせられているのだから、まさか後を追おうとは思いもしないだろう。
 野盗達は完全にゴーレムに気を取られていて、この戦況に紛れてアーリャに近付く事は容易だった。ゴーレムも完全にアーリャの制御下にある訳では無いらしく、行動パターンはある程度決まっていて、尚且つ攻撃の届く範囲もかなり限定的だ。これだけの時間の間に未だ野盗達が全滅していないのも、おそらくはこのためだろう。ただ、未知で規格外の物を突然見せられた事で混乱しているため、誰もこの事には気付いていないのだ。
「アーリャ、もういい! 引き上げるぞ!」
 アーリャは、無造作にこの場に直立したまま右手だけをかざし、その僅かな動きでゴーレムを操っている。体は薄くぼんやりと光り、何か妙な音の波を放っているのが肌で感じられた。魔力の波動とでも言うのだろうか、とにかく普通ではない状態である。
「子供達はどうでしたか?」
 俺の呼びかけに、こちらを向きもせずに訊ねる。
「全員救出した。先にこの場を離れさせている。ここはもういい、早く合流しよう」
「分かりました。すぐに終わらせます」
 と答えるや否や、突然アーリャは打って変わって右手を大きく振り上げると、そのまま何かをすくい上げるように、半円状に地面に向かって振り抜いた。同時に、地面をえぐる爆音が上がり、土煙が上がる。ゴーレムがアーリャと同じ動作をし、水をすくうように地面をえぐり取ったと分かったのは、その直後の事だった。
「う、うわー! 離せ!」
 普通よりも高い位置から、そんな野盗の一人の叫び声が聞こえて来る。見ると、ゴーレムは地面をただえぐり取っただけでなく、同時に野盗を一人、掴み取っていたようだった。高らかに掲げるゴーレムの右手には、わめき散らす野盗の姿が見える。
「悔い改めなさい」
 そうアーリャがおもむろに口にする。同時に、胸の前に構えていた右手を、明らかにそうと分かるほど大きな仕草で、ぎゅっと握り締めた。それがどういう意味なのか、ほとんど直感的に俺は察知する。
「よせ、止めろ!」
 だがその声は、更に大きな野盗の断末魔の言葉、ほとんど言葉にもなっていない悲鳴でかき消されてしまった。そして物言わなくなった残骸を、ゴーレムは無造作に放り捨てる。
 これまでは、明確に殺しを見せ付けられていなかったのだろう、ゴーレムの凶行に野盗達に戦慄が走った。
 蒼然とする彼らに向けて、アーリャは再び右手を高々と振り上げる。またしても掴み取ろうというのか、それともまとめて薙ぎ払うつもりか。どの道、アーリャは同じ事をしようとしている。それは誰の目にも明らかなはずなのだが、鮮血の滴るゴーレムの右手にまるで魅入られたかのように、野盗達は動けなくなっている。
 再びゴーレムの右手が振り抜かれる。今度は地面を抉らず、直接野盗の一人を襲った。何かを打つ妙に鈍い音と共に、人が一人、一瞬でかき消えてしまった。彼がどのような断末魔を迎えたかは分からない。ただ、ゴーレムの指に新たな鮮血が滴っている事が、全てを物語っている。
 三度、アーリャは右手を振り上げる。そこでようやく野盗達は、とても手に負えないものを相手にしていた事に気付いたのか、おもむろに後退り、踵を返し、そして一目散に逃げ出そうとする。だが、実際に走る事が出来たのは、ほんの僅かだった。ほとんどは、あまりの出来事に腰が抜けてしまってへたり込んでいるか、慌てるあまり転倒してしまい、立つ間も惜しんで地面の上をもがいている。
 そんな彼らを前にも、アーリャはあっさり右手を振り下ろした。地面を揺らす轟音と、砂煙が立ち込める。ゴーレムの拳を真上から打ち下ろされた彼は、完全に地面に埋没し姿が見えなくなっていた。
 そして、またしてもアーリャは右手を振り上げる。ある者は必死でもがきながら少しでも速く遠くへ逃げようとし、またある者は半狂乱で奇声を上げている。だがいずれに対してもアーリャは、まるで物を見るかのように淡々とした視線を送っている。
 このままではいけない、これは明らかに異常だ。
 同じく唖然として事の成り行きを見ていた俺は、そこでようやく体の動かし方を思い出し、そしてアーリャに飛びかかり右手を押さえた。
「もう充分だ! 何故そんなに殺す!?」