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「あれか!」
 廊下を駆けていると程なく、あからさまに地下へと続く階段を発見した。通常、地下室への階段を二つも三つも設けるような設計は無い。まず間違いなく、これが正解だ。
 一旦地下へ降りると、逃げ場は非常に限られてしまう。だが、迷っている暇はない。俺は構わずそこへ飛び込んだ。
 暗く足元の覚束ない階段を、左手を壁につきながら慎重に降りていく。湿気がこもっているせいか、石を切り出して作った階段はやや湿っており、角を迂闊に踏むと足を滑らせてしまいそうだった。そして何よりも、このカビ臭さには閉口してしまう。
 階段を下りきったところで、火のついた松明が壁に掛かっているのを見つけた。早速それを手にし、周囲を照らしながら窺う。そこは、元々倉庫として使われていたらしく、古びた棚や樽が無造作に積み上がっていた。そして、それらと並ぶように置かれていたのは、大きな金属製の檻だった。元々は大型の獣などを入れておくためのものだが、それを松明をかざして良く見てみると、中に入れられていたのは獣ではなく、怯えきった表情で見上げる子供達だった。
「心配しないで。俺は助けに来たんだよ。鍵の場所は分かるかい?」
 その呼びかけに、子供達は首を横に振るだけだった。この部屋のどこかに鍵があるとも限らず、また今から上がって探すのも効率が悪い。檻も、頑丈な錠前が施されているのではなく、ちゃちな鎖と古びた錠が掛けられているのみである。俺は鎖を剣で強引に叩き斬り、檻を開けて子供達を出した。
「いいかい、これから脱出する訳だけど。全員しっかり手を繋いで、はぐれないように。それと、声も出しちゃいけないよ」
 子供達は無言のまま必死に首を縦に振る。親元へ帰れる喜びと、野盗に見つかるかも知れない恐怖が半々といった表情である。
 その時、地下室の地面が大きな轟音と共に揺れ、ばらばらと塵が降ってきた。アーリャが作り出したゴーレムは、未だ派手に暴れているようである。逃げるには十分だろう。
 子供達を連れながら、地下室の階段を登っていく。子供の足に合わせねばならず、一気に駆け上がれない事が非常にもどかしかった。それでも、泣き言も言わず従ってくれるだけでも十分だと思うべきだろう。状況もわきまえず駄々をこねられてしまったら、今よりもずっと脱出が遅くなる。
 地下室から廊下まで戻ってくると、僅かな間の事だったにも関わらず、明かりの眩しさに目が眩んでしまった。目を細めて光に慣れさせながら、慎重に出口を窺う。俺が入ってきた正面玄関は既に壊滅しており、人が通るような状況ではなかった。アーリャのゴーレムに巻き込まれないようにするためにも、他の退路を見つけた方がいいだろう。
 再びアジトの廊下をひた走る。裏口や勝手口は、大体その言葉通りの場所に位置している事が多い。見付ける事は、さほど難しくは無いはずだ。
 廊下の壁や床の擦れ具合から、どの方向にあるのか予測しながらひた走る。そんな時だった、
「な、何だ!?」
 突然、廊下の曲がり角で野盗の一人とばったり出くわしてしまった。野盗は周囲よりも出遅れた事に焦っていたらしく、予想外に現れた俺達の姿に酷く混乱していた。
 俺はすかさず右手に構えていた剣を放った。まず、こちらを追って来れないように足の太もも辺りを撫でるように傷付ける。太ももの太い筋肉を切られた痛みは強い。途端に野盗は悲鳴を上げながら、足を押さえてうずくまる。その無防備な後頭部を剣の柄で強打する。それで野盗は、ばったりとその場に倒れて動かなくなった。そして最後に、念のためにはぐれていないか子供の数を確認する。
 それから間もなく、廊下の奥まったところに炊事場を発見した。中を覗いてみると、案の定勝手口があった。盗賊稼業に玄関も搬入口も関係無いだろう、とは思うが、炊事場には勝手口という固定概念がそうさせたのだろう。
 勝手口には鍵が掛かっていたが、それはネジで固定しているだけの貧相なもので、蹴り飛ばしただけであっさりと開いた。
 すぐさま子供達を連れ、慎重に外の様子を窺いつつ出る。炊事場は丁度玄関の反対側だったらしく、建物越しにアーリャのゴーレムが暴れる音と、それに対抗する野盗達の悲鳴や怒声の入り混じったものが聞こえて来た。思ったより野盗もしつこく食い下がっている。アーリャのゴーレムがどれだけ規格外の魔法か分かるだけに、そんな感想を抱く。案外、簡単には放棄出来ないほど荒稼ぎが出来る稼業なのだろう。俺としては、命と天秤にかけられるものなど、この世にはそう幾つも無いと思うのだが。
「いいか、ここからしばらく行った茂みに隠れているんだ。俺はこれから連れを拾ってくる。それまでは、隠れてじっとしているんだぞ」
 そう子供達に言い付けると、この状況に困惑しているのか声に出してこそ返事はしなかったが、しっかりと何度も頷き返した。そして一目散に、指示した方向へ駆けていく。その姿が見えなくなるのを確認し、右手の剣を握り直すと、建物の正面へと向かった。
 壁を背にしながら、慎重に周囲を窺いつつ移動する。野盗達もそうだが、最も気をつけなければならないのは、アーリャとの同士討ちだ。俺が誤って斬りつける事はないだろうが、アーリャのゴーレムは分からないのだ。