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「誘い出すって、どうやって……」
 地面に描かれた幾何学模様と、手を胸の前で合わせた構えと、一体どこがどう繋がるのか。俺は呆れるやら何やら、あまりに複雑に気持ちが絡み合ったせいで、何も言えずに突っ立っていた。
 アーリャは、小声でなにやらぶつぶつと呟いている。それは魔法行使の呪文にも聞こえた。専門外なので詳しくは分からないのだが、世間の魔法使いがこういった呪文を唱える事は何度も目にしている。
「さ、これでよし。少し下がって下さい」
 そして、アーリャは呪文を唱え終わったのか、手を戻しながら地面の紋様から離れる。
 一体何が始まるというのか。どうせ、何かの妄執の類に決まっている。そう考えていた俺だったが、その次の瞬間に、信じられない光景を目の当たりにした。
 アーリャはある程度離れた後、まるで何かに合図するように、地面を一度踏み鳴らした。すると地面に描かれた紋様は一斉に光を放ち始めた、緩やかに地面が震え始める。地震が起こったのだろうか、そんな事を考えながら揺れに逆らっていると、今度はその光る紋様が急激に隆起した。
「な、何だ!?」
 そんな驚愕の声をあげたのは、いつの間にかアジトの方から出て来た、一人の野盗だった。
 隆起する地面は、更に天を目指して盛り上がり続ける。あっという間に俺達の何倍もの高さ、そして横幅となった。
「―――ッ!」
 アーリャはその隆起に対して、何事かを語り掛けるように叫ぶ。それは生まれて初めて聞くような、奇っ怪で断片的にも聞き取る事の出来ない発音をする言語だった。
 まるでその声に呼応するかのように、隆起した土は急速に体におうとつを作り始める。それは程なく、人間のような四肢を持つ形になった。四肢は、百年を越える樹齢の大木のような太さと逞しさで、巨石を鉄仮面のような形に加工したものを頭部としている。形こそ確かに人間であるが、その造形、そして何よりもスケールと質量は人間のそれを遥かに超越している。
「ま、まさか……」
 俺は瞬きを忘れ、この非現実的な光景を食い入るように見ていた。それは、この光景に心当たりがあったからだ。
 ゴーレムの魔法。そうとしか言い様が無い。
 しかし、それはもうこの世に使い手は存在しないはずである。この魔法は創造主を冒涜する行為として、一世紀以上も前に教皇が徹底的に教本と術士を狩り出し、完全にこの世から消し去ったからだ。
 まさかアーリャは、その生き残りとかなのか?
 様々な憶測が脳裏を駆け巡るが、程なく優先順位が付き、俺はそこに集中し始める。
「な、何だこりゃあ!? おい、誰か! 早く来てくれ!」
 ゴーレムの圧倒的な存在感におののく野盗は、中に向かって精一杯の声を振り絞る。すぐさま何人かが飛び出して来るが、その何れもが目の前の光景に驚愕し、ある者は茫然自失、またある者は震えながらもボウガンや剣を構えた。
 まだ作り出しただけだというのに、既にこの場は恐慌状態に陥っている。その過程を俺は、ひたすら平常心を保つことに努めながら、油断無く構えていた。そして、一つ重要な事に気が付く。今、俺がしなければならないのは、このゴーレムの巻き添えにならぬよう逃げる事ではない。この混乱に乗じることだ。
「―――」
 再び、アーリャがゴーレムに向かって何事か語り掛ける。相変わらずその発音は言葉にすらしようがなく、最初とは違う言葉を言っているという事だけが辛うじて分かる程度だった。
 合図を受けたゴーレムは、ゆらりと巨木のような右腕を振り上げる。そして、拳が丁度頭の上まで来たところで、一点して凄まじい勢いで拳を目の前に振り下ろした。ゴーレムの拳は、正面の二階窓から玄関の置き石まで一直線にこそぎ取り、更には地面に巨大な陥没を作って濃い粉塵を上げた。そのあまりのスケールに、野盗達は腰を抜かしてすっかり言葉を失っていた。この騒ぎを聞きつけ更に野盗達が奥から駆けつけて来るものの、やはり最初と同様に、俄には信じ難い光景を目にした事で、各々錯乱を始める。
 こんな滅茶苦茶な事になろうとは。それに、こんな陽動作戦など聞いたことがない。
 アーリャは、狙ってやっているのかどうかは分からない。だが、こうなっては腹を括るしかないのだ。どの道やり直しは利かない状況なのだ、多少強引になっても、決行しかない。
 意を決した俺は腰から剣を抜くと、走るのに邪魔にならぬよう下段に構えつつ、混乱する野盗達の間を縫うようにしてすり抜け、ほぼ全壊した正面玄関から突入する。
 背後からは、未だ野盗達の混乱した声と、ゴーレムが暴れているらしい轟音が聞こえてくる。今思えば、アーリャのあの妙な自信はこれによるものだったのだろう。確かに、あんな怪物などどうにか出来る者などまずいない。一人残しておくのは不安ではあるが、あの様子ならばまず大丈夫だろう。
 俺は剣を構えたまま、薄汚れた野盗のアジトをひた走る。内部の見取り図は無く、さらわれた子供達の居場所どころか、何処に何があるのかもすら分からない。しかし、これまでの経験則からすると、大体の目星はつく。貴金属の類は、ボスのすぐ傍に。人質は、逃げ場の少ない地下だ。