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 日が落ちる前に、俺は途中に置いた荷物を回収し、アーリャを連れて山を下った。あまり離れてはアジトを襲撃する計画に支障を来すが、状況が状況である。あの一件で野盗達も警戒を強めているだろうから、少なくとも今夜は諦めるしかない。
 アジトの場所から十分に距離を取った、街道近くの川沿いで野宿の支度をする。とは言っても、今夜はそれほど気温も下がってはいないため、火を焚く程度でそれなりにしのげる。
「君は、確かレナートでしたね。あんな所で何をしていたのです?」
 火に当たりながら、突然とアーリャはそんなぼやけた質問をして来た。
「俺は冒険者で、ある依頼を受けてあの付近にいたんだ。お前を見つけたのは、本当にたまたまだ」
「そうでしたか。それはそれは、わざわざありがとうございます。それで、その依頼とは?」
「そっちと同じ、あいつらのアジトだ。さらわれた子供達を救出するのが目的だ」
「それは奇遇ですね! では、共に立ち向かおうではありませんか!」
 急に声を上げるアーリャに、俺は思わず訝しみを隠しもしない視線を向けてしまった。
「共に? 立ち向かう?」
「そうです。悪しき者を誅罰するのです」
 あの様で、一体何を言い出すのか。俺は溜め息をつきたくなった。
「いいか、俺の目的は子供達の救出であって、連中を相手に戦う事じゃない」
「すると君は、彼らを野放しにするのには賛成だと言うのですか?」
「そうじゃない。そのためには、戦力が乏し過ぎるから無謀だと言っているんだ」
「数の優劣など関係ありませんよ。第一君は、五人相手に勝ったではありませんか」
「アジトには、その十倍もいるんだよ。しかも不意打ちも出来ないんだ。絶対にかなうはずがない」
 何て的外れな意見だ。子供でも分かりそうな理屈を平気で口にするアーリャに、俺は軽く苛立ちを覚えた。
 この身なりや品の良さ、そして体力の無さに人とずれた認識、アーリャはおそらく、どこか大富豪の御曹司か何かだろう。大方、何か物の本に影響され、自分も冒険譚の一員になりたいと血迷ったのだ。
 こんな足手まといを連れて行く訳にはいかない。一旦街に戻って置いていくか、それともこのままここに置いていくか。少なくとも、手を組んで依頼をこなすなどという選択はない。
「とにかく、明日は一旦街に戻る。道は分かるか? そこまでなら案内する」
「いや、蔓延る悪を前にして背を向けるのは、私は看過できない」
「だったら、街に準備のために一度戻ろう。さっきの小競り合いで剣が痛んだ。そういう事だから、今夜はもう寝るぞ。明日は夜明けに出発するからな」
 そう吐き捨てながら、一方的に会話を打ち切る。俺は火から少し離れ、自分のカバンを枕に、アーリャには背を向けて横になった。すぐに何事かアーリャが反論してきたようだが、俺は一切聞く耳は持たずに寝る事に集中した。
 そもそも、武器らしい武器も持たずに、一体アーリャはどうやってあの野盗共と戦うつもりだったのだろうか。
 ただの自殺志願者、もしかしたら物狂いの類かも知れない。せっかく助けたはいいが、とんだ時間の無駄になってしまった。
 そんな愚痴を脳裏に浮かべながら、程なく俺は眠りへと落ちた。そうなると、アーリャのしつこい声も届かなくなり、俺は夢の中でようやく安堵する事が出来た。
 それから、一体どれくらいが経っただろうか。
 元々眠りは深い方で夢は見ないのだが、周囲の気配の異変くらいにはすぐに気付く。その異変がないのだから大丈夫なのだろうと思っていたのだが、ふとある違和感に気が付き、俺は咄嗟に飛び起きた。
 焚き火の火は、まだ赤々と燃え続けている。夜明けが近いせいか、大分肌寒い。
 それはともかく。
 俺は慌てて周囲を見回した。それは、寝る前まではうだうだと何事か口にしていた、アーリャの姿がどこにも見当たらないからだ。
「アーリャ?」
 辺りに呼び掛けてみるが、返事は一向に返ってこない。少なくとも、この付近には居ないようである。
 眠りながら気付いていた違和感、それは不審な気配ではなく、アーリャの気配が消えている事に気が付いたからだ。
 荷物を取られたか? 一瞬そう焦るものの、剣もカバンもきちんと手元にあり、中身が減った様子も無い。それでは、何処に行ってしまったのだろう? アーリャの体力なら、そう遠くまで行けるはずはない。しかし、いつここから出発したかにもよる。そして、身の安全もだ。
 徐々にはっきりして来る思考は、程なく一つの結論を導き出した。
 まさか、アーリャは一人で野盗のアジトへ向かったのではないだろうか?
 まともな人間なら、まずそんな事はしない。だが、昨夜のアーリャの言動から察すると、その可能性は恐ろしくゼロからかけ離れている。そう、彼ならやりかねないのだ。普通の人間なら、判断力が働いて、身の安全を守る手段を考える。けれど、目的が先に立ってしまったのだとしたら。
 俺はすぐさま出発の準備を整えると、急ぎ野盗のアジトの方角へ向かって全速力で駆けた。