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その晩、コウタも帰った橋の下で私は、いつものように一人佇んでいた。人のように眠ったりはしない私は、夜は決まって川の水面をじっと眺めている。辺りは真っ暗で伸ばした腕より先は何も見えず、しんと静まり返っているから音も聞こえない。コウタが嫌だと言う訳ではないけれど、私はこうしている方が性に合うのだと思う。
今夜は少しはかり風が強く、暗い川面に映った三日月がゆらゆらとしきりに揺れている。よく晴れているため、月はいつもよりはっきりと映っている。これが曇っていて光が弱いと、ぼんやりとした点ぐらいにしか映らなくて、少しの波で得体の知れない形に崩されるのだ。
今まで意識した事は無かったのだけれど、きっと私は月を見るのが好きなのだと思う。ただ、夜空を見上げで直接眺めるのは苦手である。特にこういう晴れた晩の月は、私には眩し過ぎるのだ。
色濃く映る川面の月を眺めていると、私は自然と物思いにふけるようになった。これまで月を眺める事はあっても、それはあくまで眺めているだけで、月についてどうとか感想を持ったり何かしら思うような事は無かった。本当にここ最近の事である、何もする事が無いといつの間にか考え込み始めるようになったのは。
これまで誰とも関わり合いにならなかった私は、あまり自分の出自について考える事は無かった。それが、頻繁に考えたり思い返すようになったりし始めている。コウタと会話をするようになって、自分とそれ以外との違いを強く意識するようになったせいだと思う。そしてこれが良い事なのか悪い事なのか、不安には思うものの判断は相変わらず付けられない。
私がこの橋の下に居るようになったのは、時間で表すとどれぐらい前の事だろうか。時間を数える事をしたことがないから正確には分からないし、感覚で思い出してみても、長かったり短かったりとまちまちである。自分の役割は、此処で時期が来る都度泣く事。その切っ掛けははっきりと分からず本能的なもので、何かが起こると自然と泣き始める。それは一体何のためなのか、私は今まで考えた事は無かった。だけど、いずれはそれをはっきりとさせてコウタへ話さなければいけないのだろう。ただの直感ではあるのだが、私が泣く事の理由とコウタは何か繋がりがあるような気がしてならないからだ。
私が泣く事、そして最近はあまり泣かなくなってきた事、何か切っ掛けと理由があるはずである。そこをはっきりさせたいのだが、それを考えると良く頭が動かなくなる。元々自分が泣く事をそういうものだとしか思っていなかったから、今更やろうとしても難しいのだろう。だけど、おそらくこのまま考え込み続ければ、いつか答えには辿り着けると思う。コウタの事はむしろ、私が自分で自分の出自を理解する転機と思えば良いのだ。
深い草むらを分け入るように、私は漫然と月を眺めながら自分の頭の中を探し回る。時間はたっぷりとあった。次にコウタが来るのは、今は沈んでいる太陽が再び昇り、南へ差し掛かる頃なのだから。
それからどれくらいの時間が流れただろうか。時間の感覚を持ち合わせていない私には長くも短くも感じられる、そんな時の頃。ふと、どこからともなく聞こえて来た粗雑な音が私の探索を不躾に中断させた。
この夜更けに何事かと、私は目を閉じて周辺の気配に耳を澄ます。その音は、町の方からこちらへ向かって来るように聞こえる。この界隈では珍しい自動車の音のようであるが、それが数台に渡って連なって聞こえる。こんな連隊で車が走るのは、この町では初めての事ではないだろうか。そう思っている内に騒音は橋へ差し掛かり、そのまま次々と渡り切って町の外へ消えて行った。
こんな時分にあのように連なって、一体どうしたのだろうか。コウタの話では、この町と別の町を繋ぐ道は真っ暗で、車では事故を起こしやすいので夜はあまり通らないそうだ。走り去った彼らはその事を知った上で向かったのだろうか。何か止むに止まれぬ事情があって、仕方なく車を走らせて行ったのか。
しばらく車の事を考えていた私は、やがてその車と自分には何も接点は無く気にしても仕方のない事だと気付き、再び視線を川面の三日月へと戻して元の考え事を再開した。
明日、コウタが来たら車の事を訊ねてみよう。私は、いつも橋の上を通る車の存在は知っているが、今までそれがどういったものなのか興味を持った事が無かったのだ。コウタはこの町の事もそれ以外も、何でも知っていて詳しい。きっと車の事も知っているだろう。