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夜になりそろそろ夕食が運ばれて来るかという頃、ロイドが部屋を訪ねてきた。夕食を一緒にしたいという事で、特に断る理由も無かったのだが、おそらくレイ絡みの事だろうと、内心あまり歓迎はしたくなかった。
「今夜の料理は、私が得意先にしているレストランから取り寄せたものです。きっとお口に合うことでしょう」
やけに上機嫌な様子でそんな事を言いながら、ロイドは部下に三人分の食事を運び込ませる。中には如何にも高そうなワインまでもがあった。大した歓待ぶりだが、今の身の上には随分と不吊り合いである。もっと質素なものの方が、緊張感をキープし易いのだが。
食事が始まり、俺はワインを少し呑んだ後、手始めにスープを口に含んでみた。見た目は薄茶色の何か肉を煮込んだ濃厚そうな味に見えたが、実際は野菜が程良く含まれているのと果実が隠し味に使われているのだろう、思ったほどの重さは感じなかった。そしてもう一つ気になったのが、ある程度覚悟していたこの国の甘い味付けが全く感じなかった事だ。何のスープかは分からないが、これは元からこういった料理なのだろうか。何にせよ、自分の食べ慣れた味は扨さくれた心を落ち着かせてくれる。
「如何ですか、サイファー様。お口に合いますかな?」
「ええ、とても美味しいです」
「それは良かった。サイファー様の分はセディアランドに近い味付けで作らせましたから」
北ラングリスは確かセディアランドとは正式な国交を結んではおらず、ほとんどセディアランドの文化など入って来てはいないはずなのだが。ロイドの会社は貿易商社だから、大方その経由だろう、世の中出来る者は何処にでも居るものである。
「わざわざお手間をお掛けしたようで。もっと質素なもので構わなかったのですが」
「いえいえ、この国の英雄たるレイ様には、常に最上級の持て成しをさせていただかなければ、我が社の名折れと言うもの」
だから遠慮なく、とロイドはレイに向かってにこやかに微笑んで見せた。レイはいささか戸惑った表情で微笑み返し、また目の前の皿と睨み合う。この手の料理とは縁がなかったのだろう、たどたどしい手付きで恐る恐る食べている。普段の屈託のない食事姿とはまるで真逆である。あの様子では味も何も楽しむ暇など無いに違いない。
「レイ様は如何でしょうか。これは北ラングリス随一のシェフに作らせました。これまで国外に居られたそうですから、きっと馴染み深い味かと思いますが」
「は、はい。とても美味しいです。私、こんなに美味しいものを食べたのは初めてで、ちょっと緊張してしまって……」
「喜んで頂けて光栄です。こちらに御滞在中は、幾らでも御用意いたしますので。どうぞ遠慮なさらず」
遠慮するなと言われて本当に遠慮をしない人間は、世の中本当にごく僅かである。特にレイは最も縁遠いタイプだろう。今日だけならばともかく、この歓待が何日も続くと気疲れで倒れてしまうかもしれない。
「本当に、私はレイ様を個人的にも尊敬、いや崇拝していると言っても過言ではありません。まったく、誰が予想出来ましょうか。あの難攻不落の南ラングリス政府の議事堂へ容易く侵入し、たった短剣一つで人知れず天誅を下されてしまうとは! まさに神業としか言い様がありません」
「あ、いえ、その、私はそんな……」
「そんな謙遜されなくとも宜しいのです。後から南ラングリスが犯人捜査で躍起になり初めて、その折にですよ、私がレイ様のお顔を人相書を通して拝見いたしましたのは。どんな屈強な男かと思えば、こうも可憐な女性ではありませんか。私は救世の女神かはたまた天使が遣わされたのかと思った程です!」
ロイドは酒の勢いもあってあまり細かな事に気が向いていない様子だったが、レイはこちらから見ても分かるほどにロイドのまくし立てに圧倒されていた。レイのような気弱な人間が、自分に覚えのない事で一方的にまくし立てられる事を苦に感じるのは当然だろう。このままロイドへ苦手意識を持たれても後々困るため、俺はそろそろ助け舟を出す事にする。
「このワインも美味しいのですが、もっと強い酒はありませんか? 私は普段はそういった物の方が飲みなれていまして」
「おお、これは失礼をしました。実は私も、どちらかと言うとそのタイプでしてな。少々お待ち下さい、今良い物を持って来させます」
そう言って上機嫌なロイドは席を立つと、軽い足取りで扉の外の部下へ指示を出しに向かう。最初はもっと年相応の落ち着きのある人物と思っていたが、今の振る舞いにはその面影が全くない。往々にして酔っ払いはみっともないものだが、年寄りのそれは輪をかけて酷いものだと思う。
あの様子なら大丈夫だろう。そう判断し、俺は小声でレイに話し掛ける。
「彼に言われている事は分からないだろうが、適当に合わせておいてくれ。事情は後で説明する」
「あの、私は誰かと間違われているのでしょうか? それに英雄がどうとか……」
「君とは無関係の誰かだろう。適当に話しておけばいいさ。どうせ酔い潰れて明日まで覚えていない」
「は、はあ……。それで御迷惑にならないのでしたら」