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「馬鹿な! レイが実行犯だと言うのか!?」
ロイドの言葉はとても受け入れ難いものだった。レイが南ラングリス運輸相暗殺の実行犯などと、絶対に有り得ない事実である。
思わず語気を荒げてしまったが、ロイドは妙に落ち着き払った態度のまま微動だにしなかった。
「何か不都合でもありましょうか? 女の暗殺者など珍しくもないでしょう」
「そうじゃない。彼女はただの一般人だ。暗殺など出来るはずがないし、組織なども関係ない」
「そうはおっしゃいますが。ほら、それはレイ様の物では御座いませんか?」
ロイドは悠然とした表情で、俺が未だ手にしたままの暗殺剣を指さす。その鞘にはくっきりと黒蜥蜴の紋章が刻み込まれている。
「紛れも無い黒蜥蜴の紋章、私ですら実物を拝見したのは初めての事です。これが証拠ではなくて一体何だと? いえ、そもそもサイファー様は何故にお認めにならないのです? 私はてっきり、ご存知の上で護衛に当たられたものと思っておりましたが」
「いや……はっきりと確証があっての事じゃない。ただ、そういう連中とどこかで僅かに繋がりがあったのかも知れない、そんな程度の事だけだ。俺は南ラングリス政府が不当な扱いをしないか、監視するために来たに過ぎない」
どちらかと言えば、ノルベルト大使を筆頭にして、レイが運輸相暗殺の実行犯だと勘違いしている連中が増えるかも知れない事が懸念材料だったのだ。そう思い込まれたせいでなし崩しにレイが処罰を受けてしまう、この仕事をそんな結末にはしたくないのだ。
だが、状況は悪い方向へ向かっていると認めざるを得ない。どうやら俺達はノルベルト大使に謀られていたようである。ロイドの証言から察するに、ノルベルト大使は俺達を何らかの取引材料、だしに使ったと見て間違いない。予めレイが実行犯であると吹聴していたのか、単にスケープゴートにされたのか、ともかくこの国では事実上レイが実行犯となってしまっていると考えて良いだろう。もしかすると南ラングリスも同じ状況なのかも知れない。
ノルベルト大使は運輸相の暗殺実行犯を捕まえたいと言っていたが、そのためにせっかく仕立て上げたレイを引き換えにしてまで、一体北ラングリスから何を見返りに得たのだろうか。北ラングリス側としては実行犯の口封じは必須である以上、余程魅力的な条件を引き出したと見ていいだろう。ならば、必ず何処かに消し切れない痕跡や歪みが残るはずだ。そして、肝心の取引が失敗している以上は、俺自身の証言も今後セディアランドの外交にとって重要になってくる。俺は南北双方にとって致命的な証言が出来る立場になったのだ。その反面、両国から命を狙われる立場になった訳でもあるのだか。
レイが両国から実行犯として扱われている以上、彼女は非常に危険な状況へ自ら赴いてしまった事になる。それは俺自身も同じだ。もはやレイが実行犯ではない事を証明するのではなく、いち早くセディアランドへ帰国しなければならない。一個人で政府を相手に戦うなどあまりに馬鹿げた話である。その気になれば人間の一人二人など容易く消せるのだし、正に今、その気になっている可能性が高いのだから。
「念の為に確認しておく。あなたは我々をどうするつもりだ?」
「勿論、お救いしたのは我らの元でお守りするためで御座います。現政権からも、南ラングリスからも。ひとまず、当分の間は身を潜めてほとぼりを覚ますのが良いでしょう。隠れ家は最良の場所を御用意いたしました。サイファー様も、セディアランドへ連絡を取る手段を早急に整えさせます。政治的に非常に重要な立ち位置でいらっしゃるようですから」
ロイドは俺が今置かれている状況をどこまで把握しているのか。その慇懃ながらも油断なら無い雰囲気に、どことなく俺以上に状況を把握しているように感じた。何かに利用する腹積もりはあって然るべきと考えるのが妥当だが、今の状況から何の庇護も無く帰国するのは極めて困難である。直接命を狙われるよりは、多少政治的に使われる方がましと思わなければいけないだろう。
「そうか。とりあえず、しばらくは世話になろう。それと足の着かない医者を手配出来るか? 彼女は大分強い薬を飲まされたようだ」
「勿論、既に待機させておりますので、ご心配なく。サイファー様も念のため、診察をお受けになるとよろしいでしょう」
「そうだな。助かる」
一応当分の定宿は確保出来た、そう前向きに考える事にし、俺は少しだ警戒を解いた。すると、まだ残っていた催眠剤が激しく動いたせいで回ってしまったのか、急に眠気を催して来た。気を抜いてはいけない事は分かっているのだが、どうにも堪え切れるものではなかった。
まさかレイだけでなく俺までも外交カードになってしまうとは。自ら相手に手札を与えてしったようなものだと、自分の失態が酷く惨めに思えた。
気の緩みからうとうとし始めた頃、そんな俺をせせら笑うイライザの声が聞こえた気がした。