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同じ所へ落ちて貰う。その言葉の意味を理解するのに、俺は暫くの猶予が必要だった。何故、愛人関係にある筈のリチャードを、自ら意図的に陥れるよう仕向けていたのか。その上、リチャードの経歴に修復不能な程の傷が付きかねない事をしておきながら、未だリチャードに対する愛情を語る。それは一見すると矛盾しているようにしか思えず、ただの狂人の戯言とすら感じた。そのせいだろう、ふとした閃きから答えを見つけた時、俺は無意識の内に声を洩らしてしまっていた。
「原因は、レイモンド家……ですか」
こくりと頷くドナ。リチャードとクレメントは、すぐにそれがどういう意味なのかを察し、怒りとも苦味ともつかない、複雑で曖昧な表情をしながら歯噛みする。
「公使にも任期があります。それが切れれば、セディアランド本国へ帰らなくてはなりません。しかし、レイモンド家に快く思われていない私は、帰る事は出来ない。仮に出来たとしても、任を解かれ引き離されてしまうでしょう。私は、それが耐え難い。他人の介入で破局を迎えさせられるなど、私には到底受け入れ難いのです」
「公使が、それこそレイモンド本家一族に見限られるような失態を犯せば、家から勘当されるのではないか。廃嫡されたなら、閨閥も政略結婚も関係なくなる筈。そうなれば、引き離されるような憂き目に遭わずに済む。そういう事ですね」
ドナの目的とは、リチャードの名声を落としレイモンド家の御曹司では無くさせる事だったのだ。つまりそれが、自分と同じ所まで落ちるという事。そうする事で初めて、仕方なしに愛人という立場に甘んじていた所から遠慮が無くなるのだ。
「息子は、そんなつまらぬ色恋沙汰のせいで、死なねばならなかったとはな」
「それについて、私からは何の釈明もありません。そもそも、彼の方から言い寄って来たのは事実なのですから」
「貴様、息子を愚弄するつもりか」
「セルギウス大尉こそ、私を侮辱しているとしか思えません。愛人にしかなれない移民の三世が、そんなに容易いように見えるのですか」
ここに来て初めて、ドナは明確な敵意を見せ、しかもそれをゴットハルト氏へぶつけてきた。セルギウス大尉をこの騒動に利用したのは、彼が有名な軍人の子息である事と、決闘同好会に属していたからだと思っていたのだが。どうやら、私怨としての理由も存在していたのかも知れない。
「ドナ、ならばジョエルを引き込んだのは何故だ!? ただセルギウス大尉を殺したいだけなら、わざわざ決闘中の事故などを装う必要は無かったはずだ! ジョエルにも恨みがあったのか!?」
突然、話に割って入るように声を上げたのは、クレメントだった。珍しく声を荒げているのは、ドナが公使を陥れようとした張本人だと明らかになったからだろう。けれど、そんなクレメントを前にしてもドナは全く動じること無く、普段通りの無表情で通す。
「いいえ。あなたやジャイルズなら、あの日の決闘の場に立ち会われたら、間違い無く事実を揉み消したでしょう。ですから、あなた方の与り知らぬところで決闘をして戴く必要がありました。その方が確実に騒動となってくれますし、功名心から真相を探ろうとする者も現れてくれます。もっとも、ジョエルが私のためを思ったか、遺体に工作をして自ら罪を被ったのは予想外でしたが。おかげで、彼が自殺するよう仕向けなければならなくなりました」
「やはり、あの自殺は仕組んだ事だったのか……!」
「簡単でしたよ。セディアランド大使の秘書官に私が犯人だと疑われている、そう吹き込んだだけですから。あなたはあのままジョエルに罪を着せて終息させようとしましたが、それがかえってサイファー殿の疑いを強める事になりましたね。紛れもなく公使の味方でしたのに」
つまり、ドナはセルギウス大尉とジョエルの両者に初めから争わせるために近付き、そしてまんまと決闘をさせたという事である。それは正に、ゴットハルト氏が主張した通りだ。しかも、俺には全く検討の付かなかった動機までもこうして明らかになった。ドナはリチャードを自分と同じ身分に堕とすために、セルギウス大尉とジョエルに近付き利用した。これが、今回の事件の真相という事である。
これほど恐ろしい事実を無表情で淡々と語るドナは、まるで別人のようだった。これまでも、確かにあまり自己主張はせず表情も乏しかったが、ここまで背筋を震わせる凄みはなかった。この冷血さ、冷酷さは、例えどんな非人道であろうと理由さえあれば同じ調子でやってのけそうな気配さえする。一方で、その様子を見ているリチャードからは、意外にもあまり動揺の色は窺えなかった。むしろ、この事態を気丈に受け止めているようにすら見える。もしかして、本当はドナが全てを画策していた事を知っていたのだろうか。
もはや、ゴットハルト氏の主張しか正当性は無い。これは明らかにセディアランド側の不祥事、言い訳の仕様が無い。この自体を一番丸く収めるのは、もはやゴットハルト氏とドナの決闘を認める他無いだろう。だが、それをリチャードは決して許可はしない。もしもリチャードが何も知らず、ドナに騙されていただけならばまだ希望はある。けれどもリチャードの様子からはある程度諦観してきたとしか思えないものがあり、今更覆すような事はないだろう。
どうする?
考えなければ。
この状況を最も穏便に、確実に終息させる方法を。
そうしきりに念じてはみたが、この心身共に疲弊し切った状態で都合良く妙案が浮かぶ筈も無く、俺はただただ困窮していくばかりだった。もはや、事故を装うなり何なりで、ドナを殺してしまう他無いのか。そんな物騒な発想さえ飛び出して来る有様だ。
何か妙案を。本当に何も出来ず、ただひたすら念じていた、そんな時だった。
「公使、緊急です」
突如乱暴にドアを開き血相を変えて入って来たのは、外で見張り役をしていたはずのジャイルズだった。彼もまた、ドナに負けず劣らず日頃は無表情で愛想が無いのだが、今のジャイルズにはクレメント同様に明らかな困窮の色が浮かび上がっていた。
「何事でしょうか」
「紺碧の都より、セディアランド大使フェルナン閣下の密使がお見えになりました。公使に、早急にお会いしたいとの事ですが……」