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「何を!?」
突然、傍から驚きの声が上がった。出来る限りゴットハルトから視線を切らず、声の方を見る。すると、リチャードが部屋のドアの方へ手を伸ばしかけ、クレメントが丁度部屋の外へ出ようとしている所だった。既にドナの姿はなく、それはおそらく飛び出したドナをクレメントが追って行ったのだろう。一体、何故。そんな疑問も束の間、引っ切り無しに浴びせられるゴットハルトからの殺気が、俺を目の前の現実に引戻す。
どのように、この場を切り抜けるのか。結論は既に出ていた。これは命を賭けた決闘である。ゴットハルトを殺して生き残る他無い。
構えた剣の柄を、両手で強く握り直す。冷たい金属の柄に止められた、丸みを帯びた木片のグリップが掌にじわりと食い込んでくる。それでまた、ルイの事が頭に浮かんだ。あの上目遣いでこちらを窺うような、それでいて何か期待を込めているような、そんな普段のルイの表情が、何度も何度も強く浮かぶ。ここで負けてしまったら、命を落とすような事があれば、永遠にそれは見ることが出来なくなる。その危機感が、疲れ切ったはずの体に強く力を湧き上がらせた。
お互い精魂尽き果てている。ならば、後は気力の勝負だ。
俺はゴットハルトとの距離を計ると、そのまま真正面から猛然と向かっていった。
「ハァッ!」
何の小細工も無く、真っ直ぐ上から下へと打ち下ろす最も速い剣。ゴットハルトはそれを、一体どのような技術なのか、剣の腹で事も無げに受け止めてしまった。しかし、体力はこちらの方に分がある。流石に全ての衝撃は受け切れなかったのか、ゴットハルトは僅かに上体を後ろへ反らした。
俺はそこから競り合いには持ち込まず、すぐさま剣を振り被り、再び真っ直ぐ振り下ろす。それを何度も何度も、ただひたすらに繰り返した。ゴットハルトは初めこそ受け止めてはいたが、次第に受けの姿勢が少しずつ崩れ始める。単純な腕力でも俺の方が上回っているのだ。
やはり力押しならばこちらが優勢だ。このまま強引に押し切ってしまえば―――。
そう思った次の瞬間だった。丁度俺が剣を振り上げるのと同じタイミングで、ゴットハルトの体がゆらりと前のめりに沈む。遂に力尽きたのか、と一寸思ったがこの構図は剣が頭部を捉える事が出来ず、俺にとってあまり良くない。
ならば一歩下がるか。そう考え足を退こうとすると、ゴットハルトがいつの間にか剣を下段に構えているのが目に入った。
まずい。
咄嗟に俺が体を捻りながら無理にかわすのと、ゴットハルトが剣を放ったのは、ほぼ同時の事だった。飛び退いた腹に、ざりっと引っ掻くような感覚が走る。転がりながら間合いを取り、立ち上がって再び剣を構えると、ゴットハルトは息を切らせながら剣を杖にし辛うじて立っていた。
「この距離で仕留め損なうか……。情けなし」
肩でどうにか息をしている風体のゴットハルトだが、未だその目は殺気に満ち満ちている。
右手で剣を構え視線をゴットハルトに向けつつ、左手で腹の辺りを弄る。痛みは感じなかったが、明らかに剣の切っ先が過ぎった跡がそこにはあった。出血も始まっているらしく、指に滑る感触がある。傷の程度は触っただけでは分からないが、深く無いと信じたい。
ゴットハルトには、もはや普通に立っている程の余力も残っていない。だが、持久戦は怪我をしている俺の方が不利だろう。
早く決着しなければ。
その焦りから、俺はゴットハルトが構えるのも待たず、再び剣ごと突っ込んで行った。間合いに捉えるや否や、振り上げた剣を一息にゴットハルトの頭へ振り下ろす。しかし、またしてもゴットハルトは剣の腹でそれを受け止め、その勢いを利用して俺を弾き飛ばした。今の俺の打ち込みは、余力が少ないせいか剣筋が流れて、半端な袈裟斬りになっていた。思うように剣を振れないのは、どうやら同じらしい。
下手に攻め立てても、先程のように受け流された挙げ句、カウンターを貰いかねない。それに、体力を消耗するのは攻め手の方だ。かと言って膠着していては、血を流している俺の方が分が悪い。
あと一撃。後のことも余力も考えず、全身全霊を込めた、最高の剣を打ち込む事で決着するしかない。
剣を大上段に構え、じりじりと間合いを狭めながら打ち込む機会を窺う。すると、ゴットハルトも俺と同じ結論に達したのだろうか、まるで呼応するかのように同じ大上段に剣を構えた。一瞬、差し違えるつもりかとも思ったが、ゴットハルトの目的はドナである。万が一にも死ぬ事など考えてはいないだろう。
剣は同じでも、踏み込みの距離はゴットハルトの方が上、つまり間合いでは俺の方が劣っている。けれど、それはお互いが万全での話で、今は共に消耗が激しく動きも鈍っている。だから、おそらくあの踏み込みは、せいぜい後一回のはずだ。それを凌げれば、俺に勝機が巡ってくる。だが、果たして消耗した今の状態でそれを凌ぐ事は出来るのだろうか。
じわりじわりとお互いの間合いが詰まっていく。目をこらさなくとも、相手の息遣いや流れ出る汗の数までもが数えられる。疲労はしていても集中力は続いている証であり、それがとても心強かった。
今の俺は、ゴットハルトの間合いからどれだけの所に居るのか。本当は目測を誤っていて、既に間合いの中へ入ってしまっているのではないか。そんな恐怖心が心臓を酷使させ、息も出来ない程に苦しむ。本当に、自分でも立っていられるのが不思議な程だった。後一つ、何かがあるだけで心が折れてしまいそうである。だから後一撃と決めたのは、それが自分の限界であるとも言えた。
先に踏み込めば後の先を取られ、先に踏み込まれれば先の先を取られる。そんな悪いイメージと戦いながら、俺は慎重に仕掛けるタイミングを窺う。探り合いが始まると、部屋が耳鳴りがしそうな程に静まり返った。音を立てた方が負ける、そんな予感すらさせられる。
そして、それからどれだけ対峙していただろうか。この静寂を破ったのは、突然乱暴に開かれたドアの音だった。