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「私が交渉しましょう」
おもむろに口を開いた俺に、四人はほぼ同時に俺の方を振り向いた。
「交渉とは、一体どういう事です? そもそも、交渉の余地は無いと言ったのは、あなたではありませんか」
「ええ、そうです。ですから取引や説得によるアプローチではなく、ゴットハルト氏から決闘に固執する気概を奪う事で収束を図ろうと思います」
「具体的には、どのような方法を?」
「私が、彼に決闘を申し込みます」
それは、よほど予想外の言葉だったのだろう、四人はほぼ一斉に驚きの声をあげ、続いて困惑の表情を浮かべる。
この状況を打破する手段。それは、俺が決闘の相手となり、彼の闘争心を根刮ぎ浪費させてしまうことだ。命のやり取りをするような勝負など、そう何度も出来るはずはない。そして、ゴットハルト氏のような人間は、挑戦に背を向ける事は恥だと捉えるはずである。だからこの方法は、やや強引ではあるが、ゴットハルト氏の弱点を的確についている。
「で、ですが、それでは……」
「レイモンド家に縁のある方を、危険な目に遭わせる訳にはいきませんから。私が外交交渉に口を挟むのは越権だと、重々承知の上ではありますが」
四人はそれぞれに苦々しく口元を歪め、重苦しく唸った。本来なら部外者であるはずの俺に、公使参事官を差し置いてそこまで重要な調停をさせる事は、結果のみを見れば、リチャードが職務を取り上げられたように映るだろう。リチャード自身の能力を疑われる事になるかも知れない。そして、これは主にクレメントとジャイルズだが、ドナを排除する理由を無くす事も承伏しかねるだろう。
リチャードは自分の立場上、二つ返事でこれを承諾する事には躊躇いがあるだろう。けれども、他に有効な手立てがないのだから、承諾する他無い事も自覚している。そのジレンマが、リチャードに口を閉ざさせている。ならば、俺はその意を汲んでやるべきだろう。
「異論が無いようでしたら、このまま進めさせて頂きます。宜しいですね」
そう一方的に告げると、俺はすかさずソファーから立ち上がり執務室の外へ向かう。返答がし難いのならば、有無を言わさず済し崩しで事が進むようにするのが親切というものだ。
すると、
「待って下さい!」
ドアノブへ手を掛けたその直後だった。突然背後からリチャードに大声で呼び止められ、驚いた俺は思わずその手を止めてしまった。
「夕刻まで、回答は保留させて下さい」
「今は一刻を争う時ではありませんか」
「それでも、これは私が解決せねばならない問題であって、例えあなたの提案しか方法が残されていないとしても、おいそれと外部の人間に委任する訳にはいきません」
簡単に自分の職責を委任は出来ない。リチャードの主張は間違いではなく、解決策を試行錯誤する余地がある内は委譲するべきではないと思うのは当然の事である。ただここに来て、再び俺が総領事館にとって外部の人間である事を主張してきた事には一抹の不安を覚えた。やはりリチャードにとって俺は、今でも身内や仲間という括りではなく同じ国出身の人間であるだけで、レイモンド家にとっては潜在的な敵でしかないのだろう。
「念のため、確認をしますが。まさか、あなた自身が決闘を申し込もうとはお考えになってはいませんね?」
「それは……」
ぐっと歯を噛みながら言い澱むリチャード。まさかとは思ったが、本当にそうする意図があったのだろう。
そこに、クレメントが遮るように割って入って来た。
「公使にそのような事はさせません。私が、命に代えてもです」
「ええ、それは特にお願いいたします。重要な事ですので」
すると今度はジャイルズが口を開いた。
「あなたの提案ですが、それは私が申し出ても構いませんよね?」
以前にも見た、あの殺気を秘めぎらついた視線で、俺の方を真っ向から見据えてくるジャイルズ。おおよそ外交官には相応しくない、剣呑な眼差しである。
「それは構いませんが、公使の側近が殺傷する、若しくはされるのは、風聞が良くないのではありませんか?」
「それを言うなら、あなたとて大使の側近ですが」
「私は私設秘書官、厳密に言えば大使の部下ではなく外注です。それに、この件に関して言えば第三者の立場ですので、下手に勘ぐられる事もないでしょう」
俺は、正確には本件において第三者、アクアリア軍との使節役はあくまで善意の延長でしかなく、本来なら外交渉とは無関係の立ち位置なのだ。万が一の事態にも、大使の立場が脅かされる事もなければ、レイモンド家の瑕疵にもならない。言うなれば、最もしがらみが無く責任の軽い立場なのだ。
「それも含め、我々で再検討いたしますので。夕刻までお待ち頂きたい」
「分かりました。決定次第、御連絡をお願いいたします」
俺は極めて慇懃に一礼し、今度こそ執務室を後にした。
リチャード達が選び得る手段は、もはやほとんど残されていない。どれだけ不本意であろうと、俺の案が最も現実的なのだ。リチャード達が利口ではない選択をするとは考えにくいが、彼らが決闘同好会という常軌を逸したものを企画している経緯を考えると、万が一という事も有り得なくもない。寸前で暴走する危険性も、絶対に無いとは言い切れないのだ。
果たして、本当にこの事態に収拾はつくのだろうか。
本当は、もっとシンプルに解決出来ていたはずである。けれど、それを阻むしがらみや感情論が、あまりにも多過ぎるのだ。