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「何にせよ、二人がいずれ争うだろうと分かっていながら対応を遅らせたのは事実、私の責任です。ゴットハルト氏が決闘を望むのなら、それに応えるのが責務でしょう」
 リチャードは毅然とそう言い放った。総領事館の長が責任を取るのは分かるとして、それはまるで自分の命と引き換えにと言わんばかりの気勢があった。真剣勝負を挑む事になれば、多かれ少なかれ命を懸ける事には違いはない。ただ、今回は圧倒的に命を失う危険性が高い。同好会の活動ではなく、命を奪う事が目的の勝負になるからだ。
「いえ、それには及びません。セディアランド側に過失があったと、自ら認める必要はありません。あなたに明確な過失は無いのですから」
「ですが、ゴットハルト氏は他の誰でも認めないでしょう。此処は私でなければ」
「重要なのは、セルギウス大尉が謀殺されたのか否か、その一点です。ゴットハルト氏は、犯人であったはずのジョエルに死なれ、雪辱を晴らす相手を探しているだけにしか過ぎません。つまり、相手はもっともらしい理由を持つ者なら、誰でも構わないのです」
 すると、ジャイルズが横から割って入るように問い掛けて来た。
「それはつまり、決闘同好会の関係者なら誰でも構わないと?」
「謀殺の犯人と思わしき者であれば、それ以上は問わないという事です」
「謀殺の事実が証明出来ない以上、同好会に責を取らせようとしているのではないですか? そのための亡命のはずです」
「証明出来たとしても、素直に受け入れるとは思えません。ゴットハルト氏は、完全に刺し違えてでも想いを果たすつもりでしょうから。ですから、セディアランド側として馬鹿正直に公使を差し出す必要はありません」
 ゴットハルト氏は、半ば目的と手段が入れ替わっているような節がある。それは単に、セルギウス大尉の無念を晴らそうとするよりも、単純に自分の恨みが強くなってしまっているからだ。
「どの道、拳の下ろし所が無くては、事態の収集は難しいのではないのですか? 確かに、そのためだけに公使が出向くべきではない事は同意しますが……」
「反公使派の炙り出しは、もうあまり意味を持ちません。必要なのは、セルギウス大尉がどのようにして死亡する事になったのか、その過程の真相です」
 仮に、セルギウス大尉の死亡について、大尉側に何らかの過失があれば、ゴットハルト氏への交渉の余地が出て来る。受け入れられるかどうかはさておき、それを盾にある程度強く出る事も出来る。それがあるかどうかだけでも、パワーバランスは大きく変わるのだ。
 公使を差し出すのではないか、という懸念を払拭出来たのか、ジャイルズは無言でそっと下がった。元々起伏に乏しく、表情の薄い彼ではあるが、公使の事に関しては感情的になりがちである。場合によっては実力行使も辞さない彼の扱いは、今の状況では最も注意しなければならないだろう。
「話を戻しましょうか。それで二人の関係についてですが、私の把握している限りでは、今お話したぐらいになります。少なくとも、会の活動中ではあまり表面化させなかったので、経過を見守っていた形になります」
「会則には従っていたという事ですね。しかしそれが破られ、二人は立会人無しの遺恨試合を始めてしまった。その直接的な理由は何なのでしょうか?」
「私はそこまでは……。誰か、何か知らないでしょうか?」
 そうリチャードに訊ねられ、三人は無言のまま視線を俯ける。それは何か知っているような体にも、何も知らない事を恥じているようにも、如何様にも解釈出来た。流石に、この期に及んで隠し事をしているとは思いたくはないが、何か明確な意思表示くらいはして欲しいと思った。
 しばらく沈黙が続いた後、おもむろにそれを破ったのはドナだった。
「本人達に確認した訳ではありませんが、その程度の事でもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。お願いします」
 ドナは非常に躊躇いがちに話を続ける。
「実は……非常に下世話な話なのですが。二人は、共通の女性問題を抱えていたらしいのです」
「女性問題と言いますと?」
「要するに、同じ女性に恋慕し、その結果対立してしまったという事です」
 まさか、そんな事で。
 そう俺は否定的な反応をしそうになった。しかし、男女間の問題は時に信じられないほど愚かしい行動に出るケースもある。一人の女性を取り合って命を落とすなど、決して有り得ない事ではない。
「私もそれは初耳でしたが」
「申し訳ありません。取るに足らない噂話と思っておりましたので。公使のお耳に入れるべきではないと判断してしまいました」
 少なくとも、噂にはなる程度の認知度はあったらしい。となると、煙の元となる何らかの事は確かに存在したのだろう。
「クレメントさん、その事についてジョエルの聴取では何か出ましたか?」
「いいえ、特にこれと言ったものは。そもそも、憔悴しきっていたため、ほとんどまともな会話も出来ませんでしたから」
 自分がジョエルと面会した時も、ほぼそれに近い状態だった。自分の行為で国際問題寸前までの事件が起こってしまったとなれば、普通の人間ならそうなっても仕方がないだろう。
「まさか、サイファーさん。この事をお話するのですか?」
「いえ、事実確認が取れていない事ですから。それに、仮に事実だとしても火に油を注ぐ事になりかねませんから」
 この状況で、あなたの子息は女性問題をこじらせて私闘を演じたのですよ、などとは口が裂けても言えるものではない。十中八九、冒涜とみなされるだろうし、ゴットハルト氏の態度を悪い意味で硬化させるのは必定である。
「ひとまず、明朝にもう一度集まった上で対策を練りましょう。要求を飲む事が得策ではないというのなら、自発的に退いて戴く手段を考えなければいけません」
 リチャードの沈痛な面持ちに、一同も同じ表情で無言のまま頷く。
 付け焼刃の対応ではどうにもならない事は、俺を含め周知の事実である。それでも最善を尽くさなければならないのだが、今回はリチャードの実家や決闘同好会の件が大きなネックになっている。そのため、現実的な解決手段はいずれかを犠牲にする方法しか思い当たらないのだ。要するに、家名に傷を付けるか、経歴に傷を付けるか、若しくは生命そのものを危険に晒すか、そのいずれかだ。