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「私は、憶測や直感だけで物事を話しています。当然、明確な根拠があってこういった事を言っている訳ではありません。ただ、今回の一連の出来事に関して、あまりに不自然な部分が多過ぎます。公使という立場上、秘匿しておきたい事実はあるでしょう。私も、それを全てほじくり返して公表するようなつもりは全くありません。ただ最善の手を模索するため、事実を知りたいだけです。ジョエルとセルギウス大尉の決闘で何があったのか、ジョエルの自殺に関して誰が何の心当たりがあるのか、それら全てを打ち明けて頂きたいのです」
四人は何れも口を閉ざしたまま、意味深な沈黙を続ける。それだけで、彼らが俺に知らせていない真相を持っている事は確かである。
やがて、リチャードが皆を代表するかのように、他三名に確認をしつつゆっくりと口を開いた。
「実際の所、決闘で何が起こったのかは誰も知らないのです。これは揺るぎない事実です。ただ二人が、いずれそうなるのではないか、という危惧はありました」
「危惧と言いますと?」
「少し経緯をお話いたします。セルギウス大尉は、ストルナ市代表の使節を務めていました。とは言っても、実際に使節の業務を行う訳ではなく、平時のストルナ市に軍籍が駐留するための方便です。ただ、形式上は使節として総領事館へ出向かなければなりません。私もそういった事情は知っていましたので、彼とは特にこれと言った関わりは持っていませんでした」
「それが何故、決闘同好会へ?」
「今から半年ほど前の事です。催していた夜会に、セルギウス大尉をアクアリア軍の代表として招待した事があります。その折りに、私的にセルギウス大尉と話をする機会がありました。お互い酒も入り、多少は感情的な込み入った話もしました。それで、彼の身の上話を幾つか聞いたのです。彼の父、ゴットハルト元中将は、未だに軍部へ強い影響力を持っています。彼の話では、自分の昇進も殆どその威光のおかげなのだそうです。そして、当然その事をやっかむ者も少なくなく、かと言って除隊する事を父が許すはずもありません。そんな環境を相当気に病まれていました」
つまりセルギウス大尉は、露骨な親の七光りに苦悩し、父親と現場の板挟みに置かれていたのだろう。アクアリア軍の動員はセルギウス大尉の死への義憤もあるかと思っていたが、もしかするとほとんどはゴットハルト氏への義理立てなのかも知れない。
「そこで彼はこうも言いました。誰からも認められ、二度と嘲られぬ事のないだけの軍功を立てたい。けれど自分は、上官達が父親の存在に配慮するせいで前線に立つ事をすら出来ない。ならばせめて、父親のような軍人らしい箔をつけられないか、と。私も出自上、自分の意志がままならぬ事は決して少なくありません。それで、彼に同情をしてしまったのです。そしてくれぐれも内密にする条件で誘いました。決闘同好会への入会を」
「真剣を介する事で、何らかの鍛錬になるのではないかと?」
「それもありますが、彼が自信を持つ切っ掛けになってくれれば、自ずと好転するのではと思いました。人間、気の持ち方を改めるだけでも状況は変わるものですから」
直接的に何らかの事をされている訳でもないなら、気の持ち様によっては随分印象も変わる。ただの気休めではなく、視点の変わり方で生活は変わってくるものだ。おそらくリチャードが目論んだのは、そういった効果だろう。
「彼は謙虚で勇敢な人物でした。決して蛮勇を誇らず、退く時は退く潔さもあり、流石に名士の血族であるとすら感嘆したものです。私も彼の姿勢から沢山の事を学びました。彼のおかけで会もこれまでよりも活発になり、非常に有意義な活動を行えるようになったと思います。彼のために勧めた事が、結果的に会への大きな貢献になったと言えます。ですが、それはいつまでも続きませんでした」
リチャードは、それをまるで昨日の事のように語り、そっとかぶりを振った。
「ジョエルは、ドナの紹介で入会を許可しました。一武官で終わりたくないと、立身を志した好青年でした。御察しの通り、決闘同好会の会員は私と何らかの関係があった者ばかりです。セルギウス大尉は例外でしたが、そこへ更に新たな例外を認めた形になります。きっと彼もまた、会に新しい風を入れてくれる。そう期待していたのですが、結果的にその判断は大きな間違いでした。切っ掛けは良くは分かりません。ですが、何時の頃からかジョエルはセルギウス大尉と対立するようになったのです」
「二人は以前からの知り合いだったのではないですか?」
「いいえ、それは第一に事前調査で確認してありますから、その可能性はまずありません。入会の条件にも定めている通り、二人にも事前に認知させていました。それが入会後に、ああいった関係になってしまうとは。結果論ですが、現会員が因縁を作った際について何も規則を定めていなかった事は、大きな過失だったと思います」
「二人の対立は、それ程までに表面化していたと?」
「もちろん、会合で露骨に見せるような事はありませんでしたが、二人の態度からは互いへの敵対心が溢れ出ていました。それに、会とは別の所で二人が言い争っていた事も、何度か報告を受けています。だから私は、もしかすると私闘を演じる事になるかも知れないと危惧していました。もっとも、危惧するばかりで何も対応しなかった事が一番の問題ではあるのですが」
何故、二人は対立するようになったのか。それが今回の事件の発端にある。総領事館の武官と、アクアリア軍の大尉。どちらも共通点は無さそうに思えるが、本来なら関わる機会すら無かった二人を結び付けてしまった事がそもそもの原因なのだろうか。