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「貴殿は、魂の存在を信じておるか?」
何か無難な言葉を使って場を取り繕おう。当たり障りのない言葉選びに四苦八苦していると、こちらが返答するよりも早く、ゴットハルトは瞬き一つせずにこちらを見据えながら太く嗄れた声で訊ねてきた。
「どうだ、知らぬ訳ではあるまい?」
「私は……いえ、信じてはいません。全く」
「それは何故だ?」
じろりと鋭い自然が射抜いてくる。だが、俺は努めて怯まぬよう己を鼓舞しながら、ゆっくりはっきりと答える。
「魂というものが、今こうして自覚している自分の意志の事を指すのなら。この意識は、酒や薬で容易に乱れ、壊すことも出来ます。そんな曖昧な物が、肉体を離れても存在し続けるとは思えません」
その返答にゴットハルトは、しばし小さく唸りながら考え込んだ後、やがて唐突に表情を和らげ、ソファーの背もたれへ勢い良く背を預けた。
「なるほど。いや、如何にもセディアランド人らしい考え方だな。これは貴殿の本音と受け取っておこう」
眼差しは依然として威圧感の強いもののままだが、表情が幾分柔らかになっただけでも、緊張感は段違いにほぐれる。
果たして、これまでの一連の発言は単に俺をからかっていただけなのか。決して翻弄されまいと注意しつつも、やはり話の主導権は取り返せないでいる。どうにも俺は出身上、威圧交渉しか能がない。
「そろそろ本当に、本題に入らせて下さい。一体何故、このような事をされたのか。仮にも一角の人物であった方が、そんな曖昧な理由で軍を動かし、亡命に出るなど、到底私には信じられません」
「私が感情論を振りかざすのは、そんなにおかしな事か? 私とて、血の通った人間だ。感情を持たない訳ではない」
「あなた方アクアリア人が、命より名誉を尊ぶ事は知っています。しかし、軍人ならばそれ以上にリアリストであるはずです。行動するには、何か明確な根拠と目的があるに違いないのです。どうか、それをお聞かせ願いたい。私にも、何かお手伝い出来る事があるはずです」
「息子の魂などと夢見騒がしに奔走する哀れな老人の戯れ言、そうは思わんのか?」
「そのような人間に、人は付いていきませんから」
ゴットハルトは、俄かに腕を組みながらソファーに背を預け考え込み始めた。いつも会話の主導権を握っている彼にしては、珍しい仕草である。どこか慎重になっている、そしてそうせざるを得ない何かがある、そんな予感がした。
「私は、事実を公にすることが息子の無念を晴らす事だと思っていた。だが、本当は違うのだよ」
「違うと仰いますと?」
「私の本当の敵は、決闘同好会。我が息子を謀殺し辱めた、そのものだ。よって、敢えて敵地に飛び込み、この決闘同好会へ挑戦する事にしたのだ」
「同好会の会長と、一戦交えるという意味ですか?」
「その通りだ。敢えて奴らの得意とする物に挑んで打ち勝つ、それ以外に息子の屈辱と汚名を濯ぐ方法は無い」
はっきりと決闘同好会へ挑戦する決意を口にするゴットハルト。まさか、既に会長がリチャードである事は何処からか掴んでいるため、亡命という手段に打って出たのだろうか?
確信を持っているにせよ、いないにせよ、公使参事官と他国の元将校の決闘など、正気の沙汰ではない。亡命という行動に出ている以上、ゴットハルトの覚悟は並々ならぬものであるはず。そんな人間とリチャードを戦わせれば、精神修練の範疇に収まるとはとても思えない。ゴットハルトは、かつては北海の荒鯨の異名を取る猛者だったかも知れないが、今は現役を退き体も老いさらばえ、杖をつかねば満足に歩けぬほど片足が不自由になっている。だからこそ、本気で殺しに来るだろう。万が一、リチャードを死に至らしめれば、それこそ俺の進退だけでは済まない外交問題に発展する。それは、最も避けなければならない事態である。
「貴殿は誰が会長なのか知っているのであろう? その者に、我が意図をしかと伝えて欲しい」
「いえ、私は……」
「この期に及んで、白を切るまい。貴殿は決闘同好会と繋がっているのであろう? それを咎め立てはせんよ。こちらの意向を伝えるだけで良い。私は決闘同好会の会長と決闘をしたい。貴殿にそれ以上は求めん」
強い口調でやや早口にそう言い切ると、これ以上の議論は無駄だと言わんばかりに、憮然と腕を組んでそれきり口を閉じた。如何にも頑ななその様子に、俺はそれ以上言葉を続ける事が出来ず、一緒に黙りこくってしまった。
もはや世話話すら成立しないだろう。そう判断し、仕方なく席を立つと、そのまま一礼してすごすごと部屋を後にした。
今まで気長な籠城戦を決め込んでいたのに、どうして此処に来て急に事を急ぐような行動に出たのか。まさかゴットハルト氏は、ある程度犯人について確証を持つに至ったのではないだろうか? そして、彼が決闘を申し込んだのは決闘同好会の会長である。組織の長に責を取らせるのは妥当な選択ではあるけれど、それが実際は会長ではなくリチャード個人に対しての挑戦だったなら。ゴットハルト氏は、リチャードをセルギウス大尉殺害の真犯人だと確信しているのではないだろうか。