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総領事館の外観は、規模こそ大使館に比べ下回りはするものの、見るだけで圧倒される程の大きさ広さを窺わせるものだった。
敷地を取り囲む白い外壁は、普段から良く磨かれているらしく、一部の染みも無い。また、手掛かり足掛かりになりそうな窪みも無く、無機質な輝きを放ちながら外敵をはねのけている、そんな風体だった。
その外壁をぐるりとアクアリア兵が包囲し、中から一人たりたりとも逃がさないといった物々しい様相を呈している。そして正門には、一際多くの人集りが出来ていた。国境ともなる鉄柵の門を挟み、アクアリア兵と総領事館の警護武官が睨み合いをしている。それぞれ数十名は詰めており、互いに武装も万全で一触即発の張り詰めた空気である。辛うじて、国境が双方を隔ててはいるものの、ほんの少しの切っ掛けで均衡は崩れてしまいそうである。
「サイファー殿、御覧の通りの状況ですから、馬車は此処までとなります」
「いえ、十分です。大変御世話になりました」
丁重に礼を述べて馬車から降りる。それから真っ直ぐ総領事館へ歩いて行くのだが、正門がこういった状況のため、どう入館の手続きを取れば良いのか酷く戸惑った。普通なら正門近くに詰め所があって、常駐している武官なり書記官なりが対応してくれるのだが、ここはそれすら確認出来ないほど兵が詰めかけているのだ。
「貴様、何者だ!」
突然、近付いて来る俺に気付いた一人の兵士が、不必要なほどの大声を上げて制止する。すると、たちまち他の兵も俺の方を振り向き、そして各々が槍なり剣なりを構えた。
「セディアランド大使の私設秘書官です。お通し願いたい」
「本当はセディアランドの工作員じゃないのか? 身元を証明してみろ」
「いや、現在この街は戒厳令下に置かれているのだから、大人しく引き返して貰おう」
アクアリア兵達は、検問所の兵よりも更に訝しげな鋭い眼差しで睨み付け、道を空けまいと威嚇すらしてくる。辛うじて此処はアクアリアの主権が及ぶのだから道を空ける必要はない、そんな暴論を投げかけてくる。
すると、
「あれは我が国の人間だ! 何の権限があって妨害するのだ!」
「外交官には非拘束特権がある! アクアリアはそれを侵害するのか!?」
総領事館側の警護武官達が、一斉に声を張り上げて反論する。それは俺を擁護すると言うよりも、とにかくアクアリア兵に反論出来れば構わない、といった様相だ。
俺を切っ掛けに、たちまち双方が殺気立つ。後一押しで交戦が始まるのではないか、そんな危機感すら漂ってくる。一人丸腰で居る俺にとっても、武装兵のいがみ合いは非常に危険な兆候だ。
やはり、双方の頭が冷えるのを待つためにも出直すべきだろうか。そんな事を本気で検討し始めた時だった。
「待て! 双方、静まれ!」
突然、どこからともなく鋭い気迫に満ちた制止の声が飛んできた。すると、警護武官達は見る間に恐縮し始め、萎むようにおずおずと一歩二歩下がる。入れ替わりに現れたのは、スーツ姿の一人の青年だった。毅然とした身のこなし方をしており、どことなく気品の感じられる風貌をしている。けれど、これだけの数の正規兵を一喝して怯ませてしまうのは、およそただの外交官には不可能な芸当である。
「私は理事官のクレメントだ。彼は我が国の外交官であり、手出しは無用である」
単身、堂々した振る舞いで前に立つ彼に、アクアリア兵達も気圧されたのか、無言のまま左右へ別れ正門への道を作る。俺は足早に通って、無事総領事館の敷地内へ入る事が出来た。
「大使私設秘書官のサイファーです。大使の命により参りました」
「お話は伺っております。とにかく、まずは中へ。このような状況ですから」
この物々しい雰囲気の中で、長々と立ち話をするつもりは無論無い。すぐに応じる。
クレメントの案内で敷地内を進み、総領事館本館へ通される。建物は、大使館に比べ規模こそいささか小さいが、構造は同じくセディアランド式の豪奢な造りだった。本館は執務が目的で使われるため、要人との会談や歓待に使えるようにしているのだろう。そのため、あまり仕事場という固い雰囲気は感じられなかった。
クレメントに通されたのは、二階に幾つかある歓談用らしい部屋の一つだった。彼は他の職員に何事か言付けをした後、俺に椅子を促した。
「改めて自己紹介をさせて頂きます。私はクレメント、当館では一等理事官として勤めております」
「私は、大使私設秘書官のサイファーと申します」
「フェルナン大使に引き抜かれた、元中央監部の監察官でしたね。存じ上げております」
そう涼しげに話すクレメントの言葉に、思わずぎょっと目をむく。何故ストルナの理事官が、全く畑違いである監部の事を知っているのだろうか。
「私の事を御存知のようですね」
「もちろん。ラングリスで起こったあの一連の騒動は、非常に有名ですから。外務省の職員なら、知らぬ者はほとんどおりませんよ。意外と情熱的な方だそうですね」
「それは……お恥ずかしい限りです」
なるほど、そういう経緯か。俺はうつむき微苦笑する。
ラングリスの件は、もういい加減にほとぼりも冷めた頃だと思っていたのだが。まさか、海を超えたこんな土地にまで広まっていたとは思いも寄らなかった。あの腐れ縁だった同期の彼女のにやついた顔が、脳裏に何度もちらつく。
正直、あまり掘り下げて欲しくはない話題である。俺は話題を変える事にした。
「あの、早速ですが事件について経緯を聞かせて頂けますか」
「そうでしたね。ですが、それは私ではなくリチャード公使から直々にお話がありますので、ここは控えさせて頂きます。公使は間もなくこちらへ参りますので」
リチャード公使参事官。その名前に、俄に背筋に緊張が走った。本件で最も重要とされる人物の名前、セディアランドの名門レイモンド家の御曹司である。今回の騒動において、身の安全を最重視しなければならない存在だ。