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 まこちゃんと寄り添いながら眠っていた僕は、それでも眠りが浅いのと体の痛みや普段と環境が違うせいで、定期的に目を覚ましていた。物置の中は相変わらず静まり返っているけれど、採光窓から聞こえてくる外の音は相変わらず騒がしかった。ぎらぎらと光る照明も見え、人同士が怒鳴り合っているのも聞こえる。多分、こんな夜遅くに騒いでいるから怒って飛び出して来た人がいるのだろう。
 物置の外、リビングの方はテレビの音が聞こえるけれど、人の声はしなかった。多分連中はテレビをつけたまま寝ているのだろう。普段ならそんな事をしているとすぐにママさんが消してしまう状況だ。まだ連中はこの家の中にいる。何度目を覚ましても変わらないその状況に、僕はうんざりしていた。
 不意に、誰かがリビングから出る足音が聞こえた。その足音は物置の前を通り過ぎてトイレの方へ向かっていく。別に何て事の無い用事だけれど、念のため僕はすぐに眠らず戸の外へ注意を向けていた。
 そんな時だった。
『お、おい!』
 突然男は大声を上げながらトイレから飛び出してリビングへ駆け込んで行く。ただならぬ様子に僕は驚いた。トイレにそこまで驚くようなものは無かったはずだし、まさかたまにまこちゃんが言うお化けみたいなものが出たのだろうか。
「ん……なに?」
 今の音でまこちゃんが目を覚ます。けれど僕は何でも無いよと体を擦り寄せると、まだ寝ぼけていたせいかすぐに眠ってしまった。
 取り合えず、何かが起こった事は確かである。僕はまこちゃんを壁にもたれさせたまま、そっと抜けて戸の方へ張り付いた。
『何だようるさいな……何かあったか?』
『今トイレの窓から見たんだ。外を見てみろ。大変な事になってるぞ!』
『一体何だって……えっ!? 何だよこの数!』
『機動隊じゃないか! 一台二台じゃないぞ!』
『どこだ? 鬼か? 若鷹か?』
『分からんが、とにかく両方居るぞ!』
『何で機動隊が……これ、すっかり囲まれてるんじゃないのか?』
『ああ。逃げられるのか、これ。くそっ、いつの間にこんな手配したんだ。もっとのろまだったんじゃないのか?』
『来ちまったものは仕方ない。それよりどうする? これは間違い無く、こっちの要求には応じないつもりだぞ。下手したら踏み込まれるかも』
『もう今回は諦めて、脱出を最優先した方がいいんじゃないか? 人質を盾にして車も用意させれば、まだ何とかなるだろう。昼になってヘリでも飛ばされたら、幾ら車乗っても追跡されちまうぞ』
『しかし、今このタイミングで転進したら、まるで我々が警察に負けたかのように見られるぞ。今後の活動に影響しかねない。もう人質は殺してしまうしかないだろう。たとえ逮捕されたとしても、一つでも革命の成果は残さねば』
『人質を殺すだけじゃ大した成果にはならないだろう! 同じ殺すなら、脱出に成功してからで遅くない! どうせ、どの道顔を見られてるんだから、殺すしかないんだからな!』
『ここで革命の覚悟を見せる事に意義があるのだろう! 警察共に背を向けるだけで十分な敗北だ!』
 連中はかなり声を張り上げて言い争っている。それも、言葉の意味からすると、とても穏やかな状況でない事くらいは僕にでも分かった。これは間違いなくこちらに、それもまこちゃんに飛び火しかねない。僕も緩んでいた気持ちが少しずつ引き締まっていく。
 そんな言い合いをしている中、突然あの甲高い音が鳴った。電話の呼出し音だ。その音に不意を突かれたのか、連中がぴたりと言い争いを止める。
『誰だ? ……ああ、今見た。そうらしいな。……ああ、そうだ。は? 何だと? おい、ちょっと待て……くそっ、切られた』
『警察か?』
『ああ。本庁のお偉方らしいぞ。おとなしく投降するか、さもなくば明朝突入するって言ってる。正確な時間は言わなかったが、とにかく最後通牒だそうだ』
『馬鹿な、こっちは人質がいるのにか?』
『山荘の件を思い出してみろ。有り得ないとは言い切れないぞ』
『あの時だって結構人死んで騒がれただろ。同じ轍は踏むか? まだ一日目だぞ』
『今回はそれだけ自信があるって事じゃないのか』
 パパさんから何か言われたのだろうか。今の電話で、明らかに連中は動揺していた。突入という事は、朝にはパパさん達が警察と助けに来てくれるのだろう。
 連中の要求は理不尽だと思っていたけれど、本人にもその自覚はあったから、こんな無茶苦茶な方法で果たさせようとしたのだろう。しかし、それを警察が突っぱねてしまったから、振り上げた拳の落とし所が無くなってしまった。かえって自分の首を絞めてしまったのだ。
 いよいよパパさんが連中を追い出しにやって来る。そうなればまこちゃんも無事に助かって一安心だ。
 連中め、今までよくもこの家で好き勝手やってくれたものだ。でももうパパさんが来れば全部おしまいだ。そう僕は内心ほくそ笑んでいたけれど、やがて連中の様子が何だかおかしい事に気づき始めた。余裕が無いのは変わらずだけれど、それ以上に妙に殺気立っているのだ。パパさんやママさんに怒られる時の空気に良く似ているけれど、それよりももっと嫌な感じのする空気だ。
『よし……一度見解の統一を図るぞ。これからどうするべきか、意見はあるか?』
『機動隊の突入が分かっているなら、迎え撃つべきではない。食料も弾薬も余裕がある訳ではないし、武器も短銃以外は猟銃が三丁あるだけだ。向こうの盾すら抜けないぞ』
『しかし、交渉をこちらから打ち切って脱出するならまだしも、警察から突入を知らされて脱出じゃ負けたのと同じだ。今後の革命に支障が出る』
『人質の効果的な使い方を考えるべきだ。脱出の盾にするか、今後のための礎にするか。答えは一つなんじゃないのか?』
 しばらくそんな言い合いが続く。警察に対してどうするか、そんな事を今更決めているような様子だった。多分こうなる事は予想していなかったのだろう。だから浮き足立っているのだと思うけれど、あの嫌な空気は未だに消えなかった。むしろより強くなっている感じがする。僕は初めて連中に対して嫌悪感以外の別の感情を覚えた。
 連中はどんな結論を下すのか。そう思いながらしばらく聞いていると、おもむろに一人がやけに重苦しい口調で喋り出した。それはあの演技がかった演説をしていた男の声だったけれど、あの時のような演技口調はすっかり消えていた。
『見解は決したな。どうやら我々の中に、革命的敗北主義を忘れ、ただの敗北主義に甘んじている者が一人居るようだ』
『おい、待て。俺はそういうつもりで言った訳じゃ』
『黙れッ! 革命を志す者が敵に背を向けて何とする!? 敗北主義者は処刑だ!』