BACK

 エミリアルの案内により、一同は昼食の予約を取っているとう店へと移動を始める。
 ヴィレオン共々徒歩での移動で、エミリアル以外にも従者がいない軽々しさを見ると、先ほどの世界中を旅して回っているにしては随分と軽々しい行動である。そもそも貴族の人間が共を一人連れただけで出歩くなど、彼らの価値観からしてみれば有り得ない事のはず。立ち居振る舞いこそ貴族のそれにも思えるが、今も尚貴族なのかどうかは疑わしいものである。そもそも、自分自身本物の貴族と付き合いが無かったのだから、見破るにしてもただの直感以上の根拠は持ち得ない。
 ソフィアはヴィレオンに疑いの目を向け始めていた。接触してきた理由も強引で不自然、振る舞いも完全に本物とは言い切れない。それに、何故これから向かう店は四人分の予約を取っているのだろうか。高級店とはそういう不測の状況にも対応出来るのが普通なのだろうか。
「あの二人、何か企んでいるね」
 グリエルモがソフィアにそっと耳打ちしてくる。珍しく態度を慎んでいるものだと驚くソフィア。
「さっきの内緒話、聞こえてたの?」
「竜には造作もない事だよ。ただ、難しくてよく分からなかったんだ」
「じゃあ意味無いじゃない」
「それをこれから突き止めるのだよ。『人は深遠にこそ強く誘惑されるのだ、それは火に集まる羽虫のように』」
 やはりグリエルモはこういう事には使えない。物理的な戦力として見る他ないが、この大星諸島でそれは非常に危険である。腹芸の一つも出来ないグリエルモは、戦力どころか足手まといだ。必ず面倒事を次々起こすし、かと言って目を離すなど恐ろしくてとても出来ない。
「とにかく、私はここには遊ぶために来ているんだから、来れ以上勝手な事はしないでよね。もし今度勝手な事をしたら」
「したら?」 
「ここへ捨てていく」
「……分かったよ、ソフィー。二人は一蓮托生、そうだよね?」
 果たしてこれで、少しはおとなしくなってくれるか。
 これまでの経験からあまり希望は持てそうになかったが、とりあえずは何とかヴィレオン達から自然に離れるため、グリエルモには余計な事をさせないようにしなければならない。下手に印象に残すと、後々から良かれ悪かれ思い出され、行動を起こされるからだ。
「こちらです、どうぞ」
 やがて到着したその建物は、大通りからやや離れた袋小路の一角に看板を構えていた。地元の伝統料理を売りにしているようだったが、外観は非常に地味で宣伝らしい宣伝もなく、たまたま通りかかっても気が付かないかもしれないような店である。
 貴族のくせに随分と貧相な店だと思いつつ、出来るだけ印象に残る仕草は避けねばと目敏いエミリアルを意識して行動する。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
 店内に入ると、一人の中年の女性が厳かに出迎えてくれた。
 内装は表から想像出来る範疇の地味なもので年季も相応にあり、他に客もいる様子が無く静まり返っているというよりは寂れているに近かった。この昼時にこの有様では、あまり繁盛はしていないようである。
 案内されたのは、十名ほどが楽に収容出来るほどの中広間だった。四人では手広に感じるかもしれないが、距離が近いよりはいい。
 対面に座るにはいささか距離のある大きさのテーブルであったため、角へ寄り集まるように着席する。向かい合うには姿勢を斜めにしなければならず、直接顔を見なくとも済む反面、視線を外し続ける姿勢も不自然には違いなく、くつろぐには少し不向きでもあった。
 席に着くなりヴィレオンは、いきなりテーブルへ顔を擦り寄せるほど近づけ、指で光沢や凹凸の具合を確かめ始める。
「見てご覧、エミリー。本物の白斑樹だよ。繋ぎ目もないし、きっと一本丸ごと切り出して作ったのだろうね」
「主人の話では、これは先々代から既にあったもので、推定ではおよそ百三十年前に作られたものらしいそうです」
「それは凄い。この木目といいカットといい、まるで衰えさせる事無く完成させるとは、もはや芸術だね」
 この古めかしいテーブルの何が珍しいのだろうか。
 二人のやり取りに首を傾げるソフィア。だがその傍らではグリエルモがヴィレオンの行動をそのまま真似をしてテーブルを擦り、さもそれらしく唸りながら知った被っている。
「いや、失礼。私は骨董にも目が無くてね。こういう歴史のある古い店が好きなのだよ」
「今日はそれでここを予約していらしたのですか」
「その通り。ソフィアさんには古めかしいだけで退屈でしょうから、その分今夜はもっと華やかで明るい店に御招待させて戴きます」
 断られる事など微塵も考えていない自信に溢れたヴィレオンの朗らかな笑み。それを真っ向から受けてしまったソフィアは思わず曖昧に頷いてしまった。
「受けてくれて光栄だよ。エミリー、今夜は例の所を押さえておいてくれ」
「承知しました」
 自ら深みにはまってしまった迂闊さを悔やむソフィアは、あまり余計な反応はしないようにと再度心に誓う。しかしヴィレオンはそういった駆け引きにも慣れているらしく、また同じようにはめられるのではないかという不安だけが強まった。
「さて、それでは食事を始めるとしよう。エミリー」
 ヴィレオンの指示に従い、エミリアルは食事の開始を伝えに席を外す。
「ところで、本日のメニューは何かね? 小生、人食い鮫のコンソメゼリー寄せなどが良いのだが」
「鮫なんて普通は食べたりはしないものだよ。グリエルモ君は冗談が過ぎるねえ」
「食べたりしないという事は、食べたことはあるのかね?」
「いや。あいにく、魚の好みはうるさくてね。季節物以外は食べないんだ」
「今は人食い鮫が旬ではないのかね?」
「旬には違いないだろう。今日も保安隊が、鮫がビーチまでやって来ないよう大忙しのようだからね」
 相変わらずグリエルモの会話は人と噛み合いにくい。
 しかし、このヴィレオンという男。いい加減グリエルモが冗談ではなく本気で言っている事に気づきそうなものを、それでも普通に会話を続けられているのは逆に不自然ではないだろうか。
 もしもこちらの素性を知っているのだとしたら、迷わず逃げるのが正解である。しかし本当に知らないのならば、下手な行動は逆に要らぬ興味を引かせる事になってしまう。この見極めが非常に難しい。
 何にしても、今はただ出来るだけさりげなく距離を取る事を最優先するのみである。いざとなれば、自分だけ逃げればいい。グリエルモをどうにか出来る人間などいるはずもなく、また自分がどこへ逃げようとグリエルモだけは必ず嗅ぎ当ててくる。
「お待たせいたしました。まずは食前酒からどうぞ」
 そして、エミリアルが銀の御盆にグラスを三つ持って戻ってきた。グラスには果実酒らしき赤い色のお酒が注がれている。
「ふむ、これは人食い鮫の」
「生血では無いよ。これはこの地方で採れるラズベリーだ」