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私達は団長に連れられ、一度場所を移す事となった。この国で指折りの軍事力が出撃するほどの事態が起こっているのだ。そう立ち話でおいそれと話せはしないだろう。
そして私達は、街中のとある料亭の中へ入った。その店は通常の人間は入ることが出来ない会員制の料亭らしく、全ての席が個室となっていた。やはりさすがは王立聖都騎士団の団長らしく、飛び入りを許諾してもらったのか、はたまた初めから会員だったのか、とにかく私達は副団長と共に料亭の中の一室にうやうやしく通された。その他の聖都騎士団員は料亭の外で、まるで主人の帰りを待つ飼い犬のように話が終わるのを待っている。いや、飼い犬という意味ではこの二人も同じか。
彼らは部屋に入るなり、その重苦しい装備の大半を脱ぎ去った。どうやら彼らの身に付ける兵具は、座る事すらままならないほどの重々しいもののようである。彼らほどの実力者が、果たしてそんなものを着ける必要があるのかはなはだ疑問ではあるが。まあ、彼らにもその地位に見合ったそれなりの装飾をしなくてはいけない、そんな後光効果の陋習に従わざるを得ないのだろう。いささか、同情はする。
それぞれが席に着いてようやくおちつくと……、いや、エルとシルはいささか落ち着きなくきょろきょろと周囲を見渡してはいるが、早速団長が事の顛末について説明を始めた。
「早速ですが、本題に移らせてもらいます」
「ああ、構わない」
私はゆっくりとそううなづく。
場所が料亭という事もあり、何か注文する事を勧められたが私は断った。ギルドには元々夕食を済ませてから向かったのである。とても食べられないという訳ではなかったが、それほど切迫している訳でもない。それに、私は初対面の人間と食事をするのはあまり好きではない。会話がしづらいという事と、何より食事をしている最中はさすがに無防備な姿を晒しがちなため、身の安全を考えれば出来るだけ回避したい事なのだ。やはり食事は、最低限ある程度見知った仲の人間でなくては落ち着いて行う事が出来ない。
私と彼が話を始めると、エルとシルは途端におとなしくなった。私達の会話の邪魔をしないためである。これは私が教えた事ではない。二人がそう自分で判断し、いつの間にかそうするようになったのだ。
「実は今、この国の王都が可及的対処が求められる危機に瀕しているのです。先日、『クリムゾンサイズ』と名乗る左翼集団によるテロ声明が秘密裏に発表されました。内容は至極単純、彼らがおよそ二千五百騎の軍を率いて王都を襲撃するというものです。交換条件に、王族の国外退去、ならびに全政権の譲渡を突きつけてきました」
「ほう。犯行予告をするテロも珍しいものだな。大概は、こそこそと行ってみた作戦が思わぬ成功を見せた時に、さもしてやったりと犯行声明を発表するものだがな。一国を相手に勝つ自信があるのか、それともよほどの怖いもの知らずか」
概して、こういった少数で国家に反逆を試みる組織とは、初めの内は出来る限り自分達の存在を世に知られぬように最大限苦心するのだが、たまたま成功した奇襲攻撃が大々的に報じられると、まるで国家元首を獲ったかのように嬉々として自意識過剰なまでに挑発的なアピールをするのである。私はあまりこういった無慮な連中の思考や心理状態について詳しくは無いのだが、あくまで政権奪取を目的として抱えあげていながらも、実際の活動状況は一番初めの奇襲攻撃以降、特に目立った事はしない。それはどの有象無象組織にも当てはまる事だ。結局の所、全ての組織力は旗揚げと言えるファーストアタックに集約されており、その後は追撃を振り切るため雲霞の如く逃げていく。まさに、子供のいたずらとも呼べる稚拙な行為だ。もっとも、その被害規模も人心に与える影響も甚大なものではあるが。
「ええ。たかが二千五百騎。国王も当初は恐れるに足らないと、我々聖都騎士団を討伐に派遣しました。しかし、私達が独自の諜報機関によって彼らクリムゾンサイズを調べていく内に、驚くべき事実が判明したのです」
「驚くべき?」
まず私は、連中がとんでもない破壊力を秘めた爆弾、もしくはそれに類似するものを大量に保有している、と考えてみた。爆弾は非日常的なフレーズではあるが、実際は実に簡単に作成する事が出来る。魔術の心得があれば更に簡単だ。石なり何なりに魔力を込めるだけで良い。まあ、どちらにせよ。幾ら保有していようが、わざわざ聖都騎士団が出向くほどの影響は無い。せいぜい領保安機構程度だ。
ならば、ダムなどの生活の拠点になる施設を占拠してしまったら。生活水が不足すれば国政への不満が募り、容易に暴動の引き金を引く事が出来る。その混乱に乗じて事を起こせば、かなりの規模で被害を及ぼす事も可能だろう。ただ、そういった施設を乗っ取られていながら、その事実を民間人が誰一人として知らないというのはいささか無理がある。
と。
あれこれ想像しても仕方がない。すぐに話の途中で、考えられるケースを上げられるだけ上げようとするのは私の悪いクセだ。百聞は一見にしかず。想像するよりもきちんとした事実を聞いた方が確実で速い。
団長はそっとテーブルの上で手を組み、体重をそこで支えるようにしながら姿勢をやや前のめりにする。表情は変わらず涼しげには見えたが、重苦しい影が見え隠れしている。今、自分達が置かれている状況を非常に憂えているように私には思えた。
そのまま、数十秒ほど彼は逡巡してたっぷりと間を取る。やがてようやく開いた口から飛び出したのは、先ほどまでの快活さ、滑舌の良さが失われ、聞きようによっては別人にすら思えるほどの焦燥にしわがれた声だった。
「ええ……。クリムゾンサイズを束ねるのは三人の人間なのだそうですが、彼らは皆、なんと神器を所有しているというのです」
「神器……?」
彼の口から飛び出した予想外の単語。思わず私はそう間の抜けた問い返しをしてしまった。彼はただ無言のまま、幾分か緊張した表情でそれにうなづく。
神器。それは世界各国にある戦闘のプロフェッショナルを育成する教育期間、アカデミーが、各々の独自研究の果てに作り出した魔学と法術の結晶とでも言うべき武具の総称である。神器はそれ単体に莫大な力が秘められているため、手にした者はほとんど例外なく超人的な戦闘力を我が物とする事が出来る。神器はアカデミーの技術力の象徴、時としてそれ一つで一国すら相手に出来るだけの力を発揮するだけに、その扱いには綿密な管理体制が引かれている事に世間には知らしめている。しかし実際は、神器の開発に携わった技術者がその設計図や研究資料を企業や国に横流しをする事も珍しくは無い。たった一本の剣といえども、それがもしも神器であれば、その剣は小国の国家予算にすら匹敵する価値がある。それに関する資料もまた、同様に需要は絶えず、そして需要がある限り供給は行われる。
神器とはそれほどの強い影響力を世界規模で持っているのだ。神器が関わるこういった国家レベルの諍い事もまたさして珍しくは無い。
「神器の詳細は依然として不明ですが、それが彼らの自信となっている事は確かです。本当に国を相手にしても勝てるだけの戦闘力があると考えて良いでしょう。それで我々は、多少は戦力になるであろう人材を求めて、中継地点にある街を次ぎながら集めていたのです」
多少は、ねえ……。
エルにあれだけの大敗を喫しておきながら、随分な評価である。私は口元を僅かだけ苦い笑みで歪ませた。私達のようにアカデミーには通ってはいなかっただろうが、彼らもまたある程度実績のある流派か何かの訓練を積む事で現在の実力を手にしている。私がアカデミーを次席で卒業した実力者である事を誇りに思うのと同様のものを彼も持ち合わせている。その観点から見れば、我流自己流が当然のハンター達などそういった程度の評価にどうしてもなりがちになっても仕方のない事だ。これは……そう、俗に言うエリート意識という、実に下らぬ愚にもつかないプライドだ。
「あなた方ほどの力の持ち主とお会いしたのは、生まれてこの方初めてです。今、ご説明した通り、我々だけでなくこの国事態が急迫した状況に追い込まれています。是非ともそのお力を、クリムゾンサイズの討伐に役立てていただきたい」
慇懃ながらも毅然たる態度でそう懇願する団長。しかし、私はとうに彼自身への興味は失せていた。そちらの言い分如何はどうでもいい。大事な事は、私自身、冷静に考えて正しい判断を下す事だ。
まず、クリムゾンサイズなる、愚鈍な集団だが。それ自体の討伐のみならば、今すぐにこの場からエルとシルを連れて立ち去っていただろう。それならば、昨日の野盗集団を相手にするのと何ら変わりはないのだから。しかし、組織のトップ3が神器の所持者であるというのは非常に興味深い。神器の入手方法は、大別して二つ。まずはアカデミーから実力と人格を認められ、正式に授与される事。そしてもう一つは、所持者、保管庫から強奪する方法である。
まず前者だが、正式授与された神器使いは神器の絶大な力を我が物とし、開発者が意図した通りに使いこなす事が出来る。しかし、後者は神器の力に魅せられただけの俗物だ。当然使いこなせる訳がなく、ただ振り回されるが如く神器を揮うだけだ。神器とは、あくまで戦闘の道具でしかない。戦闘のための道具であるが、道具で戦闘をするのではない。戦闘はあくまで我が身を持ってするもの。
神器に頼る事しか出来ない俗物であれば、神器がなくとも倒す事は、少なくとも私達には容易だ。だが、本当に神器を使いこなすだけの力量を持った相手であったとするならば―――。自らの実力を磨くにはまたとないチャンスである。私も、そしてエル、シルも、それだけの相手に恵まれるかもしれない機会を目の前にした時、わざわざ不意にしてしまうほど愚鈍ではない。この件は、報酬云々よりも受けるのが上策だろう。
しかし、その前に。
「一つ、不明な点があるのだが」
「なんでしょうか?」
「相手が最低でも三つ神器を所有している事実を、君達の上司、もしくは上層部は知っているのかね? もし知っているならば、残りの二騎士団も駆り出す必要があると思われるのだが」
この国には、この聖都騎士団の他に騎士団が二つ存在する。もし、相手が神器を持っているならば、その戦力差を数で判断する事は不可能になる。なりふりかまわず、総力を結集して鎮圧にかかるのが最善策だ。にも関わらず、相手の事を知りながらも聖都騎士団だけが派遣されるとは。これは少々引っかかる点である。
「いえ……上層部には伝えておりません。相手が神器を所有しているのは由々しき問題ではありますが、討伐命令を下されたのは我々聖都騎士団。我々だけでこの任務は完遂したいのです。これは、創立から脈々と伝わる騎士団の誇りとプライドの問題ですので」
そう真剣な表情で答える団長。
しかし、私は笑いをただ堪えていた。そう、今にも指を差して嘲笑したいほどの衝動を。笑止なこと、この上ない。そんな事のため、自分が死ぬならばまだしもその他大勢の人間まで危険にさらすとは。守る、という事への概念が根本的に異なっている。守る、とは、如何なる手段を用いようとも、たとえ鬼畜にも劣る賊の烙印を押されようとも”勝つ”という事だ。勝たなければ、全ては奪われ、失うのである。守るとは、スポーツでも遊戯でもない。獣のような殺し合い、奪い合いだ。綺麗で人道的な礼儀作法通りの戦い方にこだわっていれば、自分の大切なものなど何一つ守れるはずもない。私は自分の大切なもののためならば、鬼でも悪魔にでもなれる。私の大切なもの、それは自分自身、そして最愛の妹であるエルとシルだ。これらが無事であるならば、ままごとの延長線のような人間性など喜んでかなぐり捨てられる。
まあ、この国がどんな結末を迎えようが私達にはまるで関係のないことだ。神器使いかもしれないという、その三人と戦えればそれでいい。後は野となれ山となれ。
「いいだろう。私達は誇りにもプライドにも興味はないが、その相手と事を交える事は非常に興味深い。正当な理由で神器を相手に出来る機会など滅多にないからな」
「と、申しますと……?」
私は僅かに含み笑うと、そっと上着の中から一冊の厚手の本を取り出した。これが私の所有する神器の一つ、『Mの書』である。これが神器であることを知らない団長と副団長の二人は、訝しげな表情でMの書をしげしげと見やる。何故、今の話の流れで本が出てくるのか。そんな疑問をありありと顔に浮かべている。
「『目覚めよ。我が名はヴァルマ=ルグス。其の主だ』」
そう私は起動韻詩を踏んだ。直後、Mの書はその言葉に反応すると自らの意思で僅かに宙に浮かび上がった。
『ごきげんよう、我が主。なんなりと御用をお申し付けください』
Mの書はいつも通りに、そう自らの意思で定型的な挨拶を始めた。まるで人間のように。
二人は唖然とした表情でMの書を見ていた。彼らに限らず、世間一般の常識では、本は自らの意思で宙に浮かび、言葉を話す事はしないとされているからである。だが、Mの書は厳密には本ではない。これはありとあらゆる情報を採取する『武器』なのである。
「あなたも、まさか……?」
「その通りだ。私達もまた、同じ神器使いだ」