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同日夕刻。
私達は少々早めに夕食を済ませると、宿に戻る前にギルドへと向かった。目的は、明日の仕事の際のターゲットを手に入れる事にある。
比較的容易で、報酬の高い者。初めはそういったかなり選択肢を阻める条件をつけたが、その結果ターゲットとなったのは昨日のあの野盗集団だ。容易過ぎるため腕ならしにもならない事も事実だが、それ以前に報酬がはした金も良い所の安価なものだ。これでは単なる労働力の浪費である。そのためエルとシルとも相談した上で、今回は少々困難でも納得のいく額の報酬が得られるターゲットを選ぶ事にした。多少複雑とは言っても、三日もあれば何とか片付くだろう。それに、それなりに手応えのある相手でなくては、私達もまた折角磨き上げた腕が鈍ってしまうというものだ。本当の実力というものは、厳しい実戦を通じてしか磨かれないのである。その実戦から長く遠ざかってしまえば、当然実力もまた錆びついていく。
しかし、
「ねえ、兄様。最近は手応えのある相手がいませんね」
「ねえ、兄様。最近は手応えのある相手がいませんね」
そう。私達はおよそ一ヶ月の間、少なくとも極限まで緊張した戦闘に巡り会えていない。どの相手も、私達の中の一人だけで十分に片付くレベルばかりだったのだ。これでは戦闘を戦闘と自覚する事が出来ず、また実戦の緊張から程からず遠ざかる結果となる。エルとシルは共に剣士であるため、修練の相手には自らと全く互角の相手が居るので事欠かない。だが、私は魔術師だ。剣士と魔術師では戦闘の性質が異なるために、それこそ実戦さながらの訓練しか行えず、またある程度のケガも覚悟してもらわなくてはいけない。エルとシルはそれでも構わないと言うかもしれないが、それは私が構う。私はエルとシルを守るために魔術を磨くのだ。その修練のためにエルとシルを傷つけてしまえば、それは本末転倒である。
魔術師の修練相手は、やはり同じ魔術師が一番だ。互いに魔術には最も必要とされる想像力と集中力を最大限まで高めてぶつけ合い、精神力を鍛え上げる事が出来る。一人でも出来なくはないのだが、その効果と効率を考えれば一人よりも二人の方が遥かにいいのだ。
私は自分の実力が完全に鈍ってしまったとは、主観ではなく相対的、客観的にも思っていない。とりあえずは、今手にしている三つの神器、魔杖レーヴァンテイン、魔宝珠、Mの書、を扱うに値するだけの実力を持ち合わせていると自負している。しかし、鈍らずとも成長していない事は確かだ。切迫してより強い力を求めてはいないが、より強い相手に期せずして出会ってしまった場合の事を考えると、決して良い傾向とは言えない。日々、一歩ずつでも精進していかなくてはいけない。それが強さを執拗に求め、そして神器を所持する者としての当然の心構えだ。
「まあ、こればかりは神にでも祈るしかないな」
もっとも、私は神の教えはおろかその存在すら信じてはいないが。
市街地からはやや離れた、比較的一般人の目には目立ちにくい場所にギルドはあった。これはほとんどの街にも当てはまる特徴である。ギルドを訪れるのは、いわゆるアウトローと日常的に関わる、一般人からしてみれば粗野、野蛮と言われても仕方がない人種だ。そのため、幼児の情操教育には好ましくないという理由からこういった場所にギルドは追いやられているのである。まあ、暴力や性について最も理想的な教育を行わず、自分達の理想とする純粋培養を続ける人間には仕方のない行動だが。それに、私も人にとやかく意見するほどの正しい見識を、この件に関しては持ち合わせていない訳であるし。
ギルドは丁度一般的な宿屋と非常に似た小奇麗な外観をしている。中に足を一歩踏み入れると、幾つかの窓口がまず目に留まる。そして建物の左右の壁にはおびただしい数の小さな紙片が貼り付けてある。それはいわゆる求人のようなものだ。このターゲットをどうすればこれだけ払う、などといった内容が記されている。ここを訪れた人間は、その中から自らの実力に見合った仕事を選ぶと紙片を剥がしていく。その後、仕事を完了したという証明を持って支払用の窓口に提出すれば、あえて報酬が支払われるのである。
しかし、これは二流三流の連中がする事だ。私達は基本的にこの紙片に目はやらず、直接窓口で自らにあった仕事を問い尋ねる。紙片にして張り出すのは、仕事の内容が誰にでも出来るというレベルだからである。とはいっても、これらの存在意義は決して低くはない。駆け出しの人間には、こういった簡単な仕事をこなす事で経験を重ねるということが特に重要だ。やがて積み重ねられた経験は確かな実力となり、やがては一流と成長する。新たな人材の成長のためにこれらは必要不可欠なのだ。その足がかりを、我々のような専門家が退屈を承知でかすめる必要はない。それに、私も独学で魔術を憶えた頃にはこの紙片に世話になっていたものだ。
夕刻のギルドは、混雑し始めた街並みと同じく無数の人の姿があった。私はあまり人込みを好まないため、たとえ不可抗力とは分かっていても思わず舌打ちをしてしまう。
「さて……どうやら、中に辿り着くまでには少々の時間を要するな」
「お掃除しますか?」
「お掃除しますか?」
エルとシルが笑顔を浮かべながら、そっとそれぞれの腰に携えられた刀に手を当てる。
アカデミー時代、二人は私が人込みを嫌う事を知っているため、時折強制排除を行う事があった。排除とはいっても、刀を威嚇程度に抜くか、最悪峰打ち程度の攻撃だ。アカデミーは閉鎖的な世界観と社会を持つ性質があるため、事が表に公にならなければ、基本的には大体の行為はうやむやの内に了承される。二人のそれもまた、知っている者ならばおとなしく場を引くためにある程度は思いのままになった。だが、今私達がいるのはアカデミーではなく、世界という巨大な社会だ。そこでは、そういった自己中心的な行為は咎めの対象となる。
「こら。アカデミー時代とは違うんだぞ。物騒な発言はなるべく自粛しなさい」
「は〜い」
「は〜い」
まあ、二人も冗談で言ったのだろう。私もまた、振りだけ怒って見せながら二人の頭を優しくポンポンと叩く。すると二人もまた普段の如く、まるで猫を思わせるように心地良さげに目を細める。
―――と。
「む?」
その時、背後から無数の重低音が近づいて来るのを私は聴きとめた。同時にエルとシルもそれを聞きつけたらしく、そっと私にワンテンポ遅れて背後を振り向く。
夕刻の通行客で賑わう街路。だが俄かに人々もその音に気づくと、ばらばらとその音の正体に道を譲るかのよう、道の端へ自らの体を退く。その、突如として現れた巨大な人波の亀裂を、無数の影が掻き分けるようにこちらへ近づいてくる。その様は、まるで決壊したダムに水が浸水していくような様を連想させた。
「あれは……」
私の目に映ったそれは、重厚な兵具を身にまとった軍馬に跨る騎士達の集団だった。跨っている騎士は皆、それぞれ王国のエンブレムが入った豪奢かつ実用的な性能も失われてはいない、白を基調とし青と黒の縁取りが施された甲冑で武装している。騎士達は如何にも武人たる誇りを抱き、常人にはない落ち着きと鋭く辺りに張り巡らす注意深さを放っていた。見た目にもそれが王国の抱える騎士団の中でも上層部のエリート集団である事が手に取るように分かる。同業者、という表現は正しくはないが、戦闘行為を生業にしているという意味ではさほど大きな差はない。そんな意味での同種である私には、彼らの常人、素人とは違う、専門的に教育された戦闘力がひしひしと伝わってくる。
騎士の集団は人波を掻き分けつつ、丁度私達の目の前にあるギルドの正面で止まった。どうやら連中の目的は、このギルドにあったようである。
「兄様、何事でしょうか?」
「兄様、何事でしょうか?」
「詳細は私にも分からないが……もしかすると、面白い事になっているかもしれない」
そう私は、思わず口元を綻ばせる。
「と?」
「言いますと?」
「あの騎士達はお飾りなボンボン貴族騎士ではなく、それなりの実力を併せ持った本当の意味での騎士だ。その騎士を侵略以外の目的で派遣したという事は、何か国の治安そのもの、もしくはそれに匹敵する大きな事件が起こったからだろう。更に付け加えると、連中がギルドを訪れたという事は、大方―――」
そして。
騎士達の先頭を駆っていた如何にも団長然とした威厳とオーラの漂う一人の騎士は、ギルド周辺にたむろう我々ハンターに向かって、毅然な口調で言い放った。
「我々は、王立聖都騎士団である」
聖都騎士団。私の記憶が確かならば、この国の政府が抱える軍事力の中で二番目の実力を持った軍団だ。二番目とは言っても、それは組織力の面での話だ。個人能力だけを考慮すると、上位組織三団体はほとんど差がないだろう。とにかく我々の目の前に立ち並んだ彼らは、この国では指折りの武芸者ということだ。並みの人間では大方太刀打ち出来ないだろうが、その彼らがどこか急いているといった印象を、私は先ほどから感じてならなかった。彼らが出撃した理由もまた、大方それが原因だろう。
「今ここに、我々と共に戦ってくれる有志を募りに来た。我々の任務に協力した際には相応の報酬を与える。腕に憶えのある人間は名乗り出るがいい。私が直接、その実力の程を確かめる」
彼らを取り巻くハンター集団は、当初は唖然として成り行きを見つめてはいたものの、その明解な指示と共に普段通りの余裕と落ち着きを取り戻すと、俄かにあれこれと思慮を巡らしざわめき始める。
つまり彼らは、単純に戦力の助成を一般人から募っているのだ。理由の詳細は分からないが、まあ大方、敵の戦力が自分達とほぼ同等、もしくは僅かながら上回っているといった所だろうか。仮にも一国の兵団が賊軍相手に臆するというのは情けない事だが、現実に目もくれず闇雲に勝てない戦いを挑むよりは賢い選択ではある。笑止この上ない感は、重ねて否めないが。
とりあえず、彼らの言う報酬は少々魅力的だ。具体的な額を提示はしていないが、一国の兵団の資金力を考えれば十分に期待はしていいだろう。それこそ、ギルドで得られる仕事よりも短期間で遥かに多額の報酬が得られるはずだ。同時に、彼らが臆するほどの強敵と相対する機会も得られる。自らを磨く機会を求める私達にとっては二重の得である。
「どうだ? 楽しくなってこないか?」
そう、私は両脇のエルとシルに問うた。当然の事ながら返って来たその返事は、
「まったくですね!」
「わくわくします!」