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「な、何だよそれは……?」
「あれが、至玉『魔宝珠』よ。やっぱり……完全に同化してるわ」
俺は唖然としてヴァルマの胸に光る宝石、神器魔宝珠を見ていた。
「おい、魔宝珠って一体何なんだ?」
「魔宝珠は体組織を強化する寄生神器よ。魔宝珠を体に寄生させる事で、生体エネルギーと引き換えに体組織を細胞レベルで強化できるの」
「じゃあ、もしかしたら、ヴァルマの虚弱体質が治ったのって……」
「ええ。そう考えていいわね。あの異様な食欲も、消耗した生体エネルギーを補うため、と考えれば説明がつくわ」
朝からステーキを美味そうに食べていたヴァルマ。その姿にアカデミー時代の虚弱さは影もなかった。だけどそれが、不法に手に入れた神器によるものだったなんて―――。
「そんな……じゃあ、シルフィのその脇差は―――」
絶望に満ちた表情のグレイス。
だが、まるでそれを嘲笑うかのように、ヴァルマは不敵にも悠然と構える。
「先ほどの質問だが。正解だ。魔宝珠はこうして私が、ザンテツは太刀と脇差をそれぞれエルとシルが持っている」
リームの腕を手甲ごと難なく串刺しにした、シルフィの脇差。幾らシルフィにスキルがあったとしても、超人的な技を繰り出せる訳ではない。熟練とは大掛かりな技を使えるようになる事ではなく、どんな不測の事態に陥っても対処できる柔軟さを会得する事だ。つまり、物理的に不可能な事は、幾ら技を磨いても不可能なのだ。
リームの手甲は、神器のようなものではないにしろ、硬度は並の金属よりも遥かに優れている。幾度となく繰り返された魔物との戦闘において、その手甲は全く傷つく事がなかった。それだけの耐久性があったのだ。にも拘わらず、まるで紙か何かのようにあっさりと貫いてしまったシルフィの脇差。鉄を斬ったり貫いたりする技術はある。シルフィもそれは会得している。しかし、二つ重ねた手甲を腕ごと貫く事なんて可能なのだろうか? 人体は金属と違って空いた穴は収縮する。つまり、差し込んだ刃の進行を妨げるのだ。一つ目の手甲を貫けた所で、腕の肉の収縮により鋭さが奪われるため、そのまま続けて二つ目の手甲を貫くのは不可能のはずだ。
だから最後にはこの結論に辿り着く。
あの脇差は神器、それも並大抵のものではない。
物理法則すら無視しかねない力を持つ存在。
そう、それは―――。
「グレイス! シルフィと戦うのはやめて! 相手がザンテツじゃ、勝ち目はないわ!」
ザンテツ。
その名は旧時代の東洋から発祥された斬鉄剣という剣からつけられたとされている。だが、実際は剣の名前ではなく、鉄を斬るほどの達人の剣を畏敬を込めてそう呼んでいたのだそうだ。
神器、邪剣『ザンテツ』の刃はあらゆるものを斬り裂き、斬れないものは二つ、対になるザンテツの刀身と、収めるための鞘だ。それ以外のものならば何でも斬る事が出来る。そう、何でもだ。
「だけど! 早く二人を止めなきゃ! もう、竜巻がここを直撃するまでの時間だってないんだ!」
そうだ、本来ならこんな事をしている場合ではないのだ。
そういえば、どうしてこんな事になってしまったのだろう? 何故、仲間同士で憎み合い、争わなきゃいけないんだ? 一体何時からこうなってしまったのだ? まるで、悪い夢だ。
「『疾くと走れ』!」
グレイスが詠唱と共に風を纏わせた手刀を袈裟斬りに振り下ろす。
グレイスは基本的な魔術でも大体詠唱を用いる。それは技術が未熟だからではなく、確実に魔術を成功させるために慎重になっているからだ。グレイスの自身を過小評価する性格のせいである。
直後、研ぎ澄まされた8枚の風の刃が凄まじい勢いで疾駆する。だが、あまりに直線的な動き。視覚では捉えづらい風の刃も、これでは避けて下さいと言っているようなものだ。
と。
「『惑と散れ』!」
突然、グレイスの追加詠唱と共に風の刃の動きが変化する。直線的だった8枚の風の刃の動きは変則的な動きに変わり、シルフィの前後左右八方向に散る。
「!」
回避の体勢を取っていたシルフィは完全に不意を突かれ、避けるタイミングを逃し、八枚の風の刃に囲まれる。
「『縛』!」
更に風の刃が変化を始める。刃は重なり合って一つの竜巻と化し、シルフィをその中心へ閉じ込める。
「くっ、これは……!」
吹き荒れる暴風に捕まるシルフィ。グレイスの仕掛けた一見単純な攻撃は、この捕縛結界への布石だったのだ。
「風牢の中心は真空に近い状態、このままだと呼吸が出来なくて窒息するよ! 早く武器を捨てて投降して!」
しかし、竜巻の中のシルフィは平然とした表情で少しも焦った様子は見せない。
決して投降はしないという意思の現われなのだろうか?
それでもグレイスは竜巻に近づき、尚も必死に説得を続ける。
「シルフィ! 早く! 息を止めるのと呼吸が出来ないのは違うんだ! このままじゃ死んじゃうよ!」
「甘いですね。戦闘において、相手の息を完全に止めるまでは、たとえ地に臥していようとも気を抜いてはいけません。何故なら、相手がいつ反撃に出るのか分からないからです」
「シルフィ!」
一体何を言っているのか分からない。けど、このままでは窒息死するか、自分が風牢を解除するか二つに一つ。無抵抗化させなくてはならない以上、解除という選択は取る事は出来ない―――。
と、その時。
初めてシルフィが表情を変えた。
「ここでとどめを刺せないのが命取りです」
刹那。
シルフィが脇差を素早く十字に揮う。すると、竜巻は十字に両断され、あえなく雲散しそよ風と化す。
「そんな!?」
「ザンテツに斬れないものはないんですよ」
迂闊に竜巻の傍に近づいていたグレイス。
そこは、完全にシルフィの剣の間合いだった。
次の瞬間、グレイスの胸をシルフィの長刀が貫いた。
がくっと膝から崩れ落ちていくグレイス。その体を、シルフィは足蹴にして倒し、剣を抜く。
「グレイス!」
傍に駆けより、その体を自分がかばうように抱き上げるリーム。
だが、グレイスの意識はまだあった。弱々しくもリームの腕に手をかけ、なんとかグレイスは立ち上がろうとする。
グレイスは、二人を止めようと必死になっていた。この騒動を治め、一時でも早くみんなでここを避難しようとしているのだ。そう、あんな傷を負ってもそれは変わらないのだ。
「急所は外していますから安心して下さい。ですが、動くならば保証はできませんよ」
ビッ、と剣を振って血払いをするシルフィ。
「ふざけんな! 何が安心よ! あんたはグレイスを一体何だと思っているの!?」
「仲間ですよ。だから急所を外したんです。もっとも、私にとっては仲間よりも兄様とエルの方が遥かに大切ですが」
凄惨な笑み。
それは美しくも、酷く歪んだ感情の現れにも見えた。
固執。
執着。
妄執。
そんな言葉が次々と俺の脳裏を過ぎった。
「早く……止めなきゃ……」
グレイスがリームの腕の中から逃れるように立ち上がろうとする。だが、体にほとんど力が入らないらしく、貫かれたリームの腕の力すらも振り払う事が出来ない。いや、意識も朦朧とし、自分が何を喋っているのか分からなくなっているのかもしれない。なのに、それでもグレイスは二人を止めようと必死になっているのだ。
と……。
「あら?」
ふと、シルフィがそんな疑問符を浮かべた。
その時、グレイスの爪が伸び、赤く変色し始めたのだ。そして、ゆっくりもたげた顔には、真っ赤に光る異様な眼球が二つ。明らかに人ではない存在である事の現われだ。
体が緊急事態と判断したのか、グレイスのヴァンパイアとしての血が本能を現し始めたのだろう。遺伝子的にはヴァンパイアの方が人間よりも優れた種だ。そのため危険を回避するために、ヴァンパイアとしての力が表面化したのだ。
「グレイス……貴方、人間ではなかったのですね」
驚きとも軽蔑とも取れないシルフィの困惑気味の表情。
リームは周囲の視線からグレイスを守るように、顔を覆うようにして抱き締めた。
「違う! グレイスは人間よ!」
「人間? それのどこが人間なんですか?」
「人間よ! 誰が何と言おうと、グレイスは人間よ!」
しきりにグレイスの顔を隠しながら、リームは嗚咽混じりに叫んだ。
その、必死に否定する慟哭を聞きながら、俺は自分が震え始めたのが分かった。
同情なのか、共感なのか、怒りなのか。
あまりに曖昧で感覚的ではっきりとは分からなかったが、ただひたすら胸が痛かった。
TO BE CONTINUED...