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どうしてこんな事になってしまったのだろう……。
ベッドの上に寝転がりながら、俺はそんなことばかり考えていた。
何の事は無い、全てロイアが悪いのだ。
そう短絡的かつ非情に言い切れたらどれだけ楽だろうか? それが出来ない訳だから、こうしていつまでも悩んでいる訳であって……。
ロイアが悪くない、とは言わない。計画的に、しかもグレイスがああなる事を知っていながら及んだのだから。だけど、そこにはロイア自身の命に関わる問題というどうしようもない理由があったのだ。そうでもしなければ、ロイアは心臓の欠陥とか何かで命を落としてしまうのだ。
悲しい事件だ。
誰だって望まぬ死など受け入れられるはずなどない。だからロイアはあんな事をせねばならなかった。
しかし、リームにとってグレイスは自分自身と同じほど大切な存在なのだ。それは、俺が盗み見た吸血から十分に計り知れる。血を欲する苦しみと吸血する罪悪感からグレイスを守るために、リームは自らの体を張っているのだ。あんなこと、ちょっとやそっとの心意気じゃとても出来ない。これがグレイスに対するリームの想いの深さなのだ。
その二つが生み出してしまった、塞ぎようの無い深い溝。
仲間だから、とか、信頼、とか、そんな理由で塞げるような簡単で浅いものではない。
どうしたら以前の俺達に戻れるのだろうか?
その方法が浮かぶまで、とにかく今はこうしているしかなかった。
「ガイア」
ふと、セシアが俺のベッドの脇に立って覗き込んできた。
「ロイアのこと考えてるの?」
「……まあね」
俺はゆっくり上体を起こし、ベッドに座り直す。その隣にセシアが座った。
「驚いたって言えば驚いたけどさ。まさかロイアが、なんて」
「そうね……。それに心臓の事も、今まで一言も言ってくれなかったし」
「俺達に負担になるって思ったんだろうな、ロイアの性格からすると。負担をかけられるのはいいけど、かけるのは嫌だったんだろう」
「別に一人で抱え込まなくても良かったのに……。相談してくれたら、みんなでなんとかしてあげられたのにね」
俺達はロイアに信頼されてなかったのだろうか……? 信頼されていたからこそ、迷惑をかけられなかったのか?
神器の盗難は重罪に値する。この事が発覚すれば、アカデミーはロイアに刺客を放つだろう。彼らはいわば暗殺のプロフェッショナル。ロイアの実力はかなりのものだが、手段を選ばない彼らにかかってしまえば、おそら幾らロイアといえども……あまり考えたくはない事になってしまう。
その事に俺達を巻き込みたくなかったのだろうか?
そんな大事な事をこれまでたった一人で抱え込んでいたなんて。
たとえロイアが望んでいなくとも、やっぱり俺は打ち明けて欲しかったと思う。いや、俺だけではない。みんなも、リームだってそうだったはずだ。
と―――。
「ん?」
突然、廊下の方からけたたましく走る足音が聞こえてきた。
そういえば、昨夜のロイアのあれも、こんな風にグレイスが伝えに来たんだったけ。
そんな事を考えながら、俺はゆっくり立ち上がりドアの方へ。今、この宿には俺達しか泊まっていない。どうせこの足音は俺達の部屋に向かっているのだろう。
俺の予想は正しく、丁度俺がドアの前に立った瞬間、足音はドアの向こう側に立ち止まり激しくノックを始めた。
「なんかあったのか?」
ドアを開けると、そこに立っていたのは昨夜と同様に血相を変えたグレイスの姿があった。
「大変なんだ! 早く逃げる準備をしないと!」
「逃げる準備?」
血相を変えたグレイスは、文法も無茶苦茶な言葉でそう俺に食いかかるような勢いで訴える。
やぶからぼうに何だ? 逃げるって、一体何があったっていうんだ。
「落ち着けよ。ちゃんと順を追って話せ」
「あ、ああ、うん」
深呼吸を一つ。自分の気持ちを落ち着けるグレイス。
「で、何があったの?」
と、いつの間にやら隣に立っていたセシアがそう問う。
「竜巻が来るんだ! もう村の大分近くまで迫ってる!」
「タツマキ? ……ってなんだ?」
あまり馴染みの無い言葉に、俺はふと首をかしげている。
「小さい台風みたいなもの。だけど、破壊力はほとんど変わらないわ。規模によっては、ここぐらいの建物は簡単に空高く巻き上げるわよ」
そうセシアは冷静な口調で説明してくれた。
「はあ!? そ、そ、そ、それってマズイじゃないか!」
俺は思わず言葉を詰まらせた。
この建物を吹き飛ばしてしまうなんて、相当なものじゃないか! 風なんてレベルじゃない。ほとんど魔術攻撃に近いレベルじゃないか!
「慌てないの。まだ時間はあるみたいなんだし、とにかく落ち着いて避難する準備をしましょ。グレイス、どこか近くに避難できるような場所はあるの?」
しかし、そんな俺とは対称的に、セシアはやけに冷静な口調で俺達がやらねばならぬ事を判定する。
「う、うん。村の外れに避難用のシェルターがあるって御主人が言ってた。それで、僕とリームがいったん馬車屋まで御主人達を送っていく事になってる」
「分かった。なら私達も早く用意してそこに行きましょう」
「じゃあ、僕は行くね!」
そう言ってグレイスはバタバタと走っていった。
「ほら、早く荷物の整理するわよ」
「あ、ああ。そうだな」
こんな事態になってしまったというのに、セシアはやけに落ち着いていた。いや、こんな事態だからこそ冷静になる必要があるんだけど……。俺ってば、いざという時は使えん男だな……。
俺達は急いで荷物をまとめ始める。俺が洗濯したものはまだ半乾きの状態だったが、この際仕方がない。
「ちくしょう、なんだって今頃になってタツマキがどうこうなってんだよ」
「この雨だもの、気がつかなくたって仕方がないわ。ただでさえ、天候に関しては予測がつけにくいんだもの」
ああ、これだから天気ってヤツは嫌いなんだ! 予測がつかないって言っても、大抵はこっちにとって都合の悪い方向になるんだし! って、こんな事で怒っても仕方がないか……。
「セシア、準備できたか?」
「うん。あ、石鹸貰っていこうか?」
「どっちでもいいだろうが、そんなもんは!」
本当に落ち着いてるな……。大胆ってもんじゃないぞ。
やがて荷物をまとめ終わった俺達は急いで食堂まで降りてきた。
食堂には荷物をまとめ終えたロイアが待っていた。やけに大きなカバンを背負っているが、おそらくあの中にドラゴンの心臓が入っている鉄箱を入れているのだろう。
「他のみんなは?」
「リーム達は御主人達を馬車屋の方へ送りに行きました。ヴァルマ達はまだ来ていませんが、そろそろいらっしゃると思います」
この雨、というより嵐の中ではなんらかの危険な事態に陥る可能性も大きい。あの二人がいれば、多少の事件事故にはなんとか対処できるはずだ。
「お、みんなやって来てるな」
それから一分と待たずにヴァルマとシルフィが降りてきた。
「あれ? エルフィはどうしたんだ?」
「何か部屋に忘れ物をしたらしくて、途中で戻ってしまった。まあ、直にやってくるよ」
エルフィとシルフィはいつも二人ワンセットでいるので、こうしてシルフィだけが立っていると違和感を憶えてしまう。
「あ、なんか急に何か忘れ物した気になってきた」
「何言ってんの今更。諦めなさい」
とは言われたものの、俺はカバンに詰めた荷物を思い出しながら確認していった。あまり物は持ち歩いていないが、それだけに僅かな荷物には愛着が出てしまうので、たとえ一つでも置き去りにはしたくないのだ。
「ふーっ、着いた!」
と、表からリームとグレイスがバタバタと帰ってきた。
「御主人達を送ってきたのかね?」
「うん、大丈夫。早く僕達も行こう」
「って、まさか歩いて行く訳じゃあないでしょうね?」
「無論だ。走っていくに決まっているだろう」
「じゃなくてさ。乗りモンは使わないのかって事」
「我々はアカデミーを卒業した、いわば戦闘に関してはプロなのだよ? 乗り物は民間人に譲りたまえ」
「プロでも寒いのは嫌なの。あんたこそ、プロの魔術師なら竜巻ぐらいなんとかしてみせなさいよ。前に言ってたじゃない、天気を変える魔術があるって」
「謎の爆発事故が起こるってヤツだろうが」
すかさず俺は口を挟んだ。
謎の爆発事故が起きるぐらいなら、例のタツマキとかいう自然災害の方がまだ可愛いものだ。
「まあ、どうしようもない時はやってみよう。竜巻など、所詮は温度差の産物。色々と手段はあるからね」
一見無茶苦茶な事を言っているように思えるが、ヴァルマに限ってそれはあながちそうとも言い切れない。本当に知識だけは豊富にあるため、何を起こしても不思議は無いのだ。
悠然とした表情の下には、非常に計算高い顔が隠されている。ヴァルマはこれまでに、俺達にとっては不可能でしかなかった事を幾つも目の前で可能にしてきた実績がある。俺にとってヴァルマという存在ほど恐ろしいものはなく、いるのかいないのか分からない神とかいう存在よりもずっと恐ろしい。
と―――。
「うっ……!」
突然、シルフィが予告もなしに唐突に膝から崩れる。咄嗟に傍らに居たヴァルマがシルフィの体を受け止めて支える。
「シル? どうしたのだ?」
「痛い……痛いです……!」
シルフィは脇腹を押さえて苦悶の表情を浮かべながらしきりにヴァルマにそう訴えかける。
俺達は唖然としたままシルフィを見ていた。
一体何があったというのだろう? 突然苦しみ出したりなんかして。痛い、と訴えながら押さえている脇腹には、これといって変わったところは見当たらない。
「エルが……」
「エルが!?」
苦しみ悶えながら訴えかけるシルフィの言葉に、ヴァルマの表情がはっきりと分かるほど変わった。
こんなにはっきりと表情を変えたヴァルマを見るのは初めてだ。普段はすました表情で嘲笑以外を見せる事は無いというのに。
「誰かシルを頼む!」
鬼気迫った表情で叫ぶヴァルマ。
「あ、では私が……」
ヴァルマの雰囲気に押され気味ではあったが、おずおずとロイアが進み出た。
「頼む!」
そう言い残し、ヴァルマは苦しむシルフィをロイアに預けると、凄まじい勢いで二階へ上がって行った。
「セシア、俺達も行こう。なんだかヤバイ事になっていそうだ」
「ええ」
その後を俺達はすぐさま追った。
双子は互いの感覚を共有する事があると聞く。シルフィは自分の脇腹を押さえながら『痛い』と苦しみ悶えた。という事は、エルフィの身になんらかの出来事があったと捉えるべきではないだろうか。
ヴァルマは凄まじい速さで階段を駆け上り、エルフィの居る部屋を目指す。
とても俺の知るヴァルマのスピードではなかった。アカデミー時代のヴァルマは、階段をちょっと上るだけで息を切らせるような虚弱体質だったのに。
やがてヴァルマ達が泊まった部屋に辿り着いた。俺達はヴァルマに僅かに遅れて部屋に飛び込んだ。
「エル!」
直後、ヴァルマの悲痛な絶叫が俺の耳に響いた。
部屋に飛び込んだ俺達が見たもの。
それは、床の上に血まみれになって倒れているエルフィと、それを目の前にして茫然としているヴァルマの姿だった。
TO BE CONTINUED...