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「グレイス、ようやく落ち着いたらしいわ」
「そうですか……。大事に至らなくて良かったですわね」
 夏休み前日。
 私はロイアと馴染みのお店で飲んでいた。私は愚痴が溜まった時、よくここでロイアに聞いてもらう。お互いアルコールが入っているから言葉や話の内容をはばかる必要もないし、同じ女同士だと選ぶ必要もないから話しやすいのだ。アカデミーで嫌な事が続いてフラストレーションが溜まった時なんかは、じっくりとロイアに聞いてもらうと次の日はスッキリしていい気分になる。もちろん、ただ聞いてもらうのでは悪いので、お酒代ぐらいは多少多めに持つ事にしている。
 ガイアに愚痴を聞いてもらう事もあるけど、ガイアは絶対にお酒を飲まないのでシラフだからどうしても内容を選んでしまうし、話の途中で口を挟んできたりするから応急処置程度の効果しか期待出来ないのだ。長時間グチグチと続ける私の話に我慢が出来ないのである。
 今日は特別溜まった愚痴を吐き出しに来た訳でもない。最近は何かと忙しくて二人で飲む機会もなかったので、明日からしばらく会えなくなる事もあり、久しぶりにという事でただ純粋に飲みに来ただけだ。
 普段なら、私が毒を持ってなかったら色々と談笑している所なんだけど。今夜はどうもそういう雰囲気にはなれなかった。
 無理もない。あの事から、昨日の今日なのだから。
「グレイス、随分と自信を無くしてたって。やっぱり無理もないわよね。普段から、そんなに自信家って感じじゃなかったから」
「ええ……。リームもそんなグレイスを懸命に支えてあげたのでしょう」
 私から見たリームの人柄は、良くも悪くも何事にも一直線な性格の持ち主だ。とにかく自分の決めた事は最後まで曲げようとせず、何でもすぐ即断して行動する。あまり悩んだりする事もなく、それが結果的に良く働いたり悪く働いたりもする。
 そんなリームの性格は私には羨ましかった。自分もあんな風に一人の人間を、周りも省みずに想ってみたいものである。
 ガイアと付き合いだしてから、もう随分の年月が経つ。今日まで極普通の恋人をやってきたけど、二人の間には卒業後の話題はまだ一向に出ていない。ガイアが私に気後れしているのだ。未だに私が天才法術師と周りに呼ばれ続けているせいだ。ガイアはあの特異体質の事もあるせいか、極端に人目を気にする性格なのである。私もリームみたいに、どうするって強引に話を切り出してみたいと思う。でも、やっぱりそれは出来ない。私の希望は、そんなガイアにとってはかえって重荷になる可能性があるのだ。ガイアに一生、俺についてきたばっかりに、なんて思いはさせたくない。だから私は、その話はガイアから切り出してもらいたいのだ。
「ま、なんだかんだ言ってさ、あの二人って仲良いからね。時々、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい」
「あら? それは私へのあてつけですか?」
 ロイアがニッコリと微笑んで凄む。
「そ、そういう意味じゃないわよ。もう」
 僅かに狼狽した私を、ロイアはクスクス笑いながら見ている。
 ロイアは同性の私から見てもかなり魅力的だと思う。スタイルも性格もいい。常に大人っぽい雰囲気を放ち、一緒にいて落ち着けるタイプだ。けど、不思議な事にこの四年間、ロイアの周囲に男の噂が立ったためしはない。先ほどのセリフからも窺えるように、別段男を避けている訳ではないらしい。にも関わらず、どうしてそうなのだろうか? っと、こんなことを言ってると、またロイアに睨まれる。
「さて、と。私、今夜は先に帰らせてもらいますね」
「あれ? 何か用事でもあるの?」
「ええ、少し。私、未だに投擲が苦手なんですよ。今夜はグラウンドが空いているので使えますから、こっそり練習しようかと思いまして」
 ロイアの投擲の下手さは随分有名になっている。かつては、模擬戦用の槍で理事長室を誤射したほどだ。その話は、未だに槍術学科では語り草になっているらしい。そんな事件は過去に事例がなかったからだ。
「そう。相変わらず練習熱心ね」
「これだけは、どうしても苦手でして。どうも私は、生まれつきコントロールが悪いようなのです」
「そういえば。ガイアが誤射の原因は胸が邪魔になってるから、って言ってたわよ」
 本当は黙っている約束をしたんだけど。でも、基本的に女は自分達の情報は共有するものなのだ。
「その発言にはもう慣れましたわ」
「怒らないの?」
「セシアが代わりにやって下さい。私がやりますと大変な事になりますから」
 法術師の私とは違い、ロイアは完全な肉体戦闘タイプだ。昇華と呼ばれる魔術から派生した身体強化術を習得しており、その筋力は常人の数倍はある。そんな力で報復措置を行えば、無論ガイアはただでは済まない。
「分かったわ。どんな感じにやっておく?」
「セシアがギリギリ治せる範囲で結構ですわ」
 迷わず即答し、にっこり微笑む。
 顔は全然怒ってないのに。なんだか怖いわね……。ああいう所。
 店を後にするロイアの背を、私は苦笑しながら見送った。



TO BE CONTINUED...