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「レディース・エン・ジェントルメン!」
「レディース・エン・ジェントルメン!」
 時刻は正午きっかり。ざわつき始めた薄暗い場内に、突然二人の声が響き渡る。同時に、場内の中心にある円形の特設ステージ上に三本のスポットライトが集められた。
「大変長らくお待たせいたしました!」
「これより、真実と正義を追求する、緊急討論会を開幕いたします!」
 スポットライトが交わった中心には、マイクを手にしたエルフィとシルフィの姿。
「こら、スポットライト! 一本足りないぞ!」
「こら、スポットライト! 一本足りないぞ!」
 あ、やべ。忘れてた。
 俺は慌ててスポットライトの起動韻詩を踏み、四本目の光をステージに向ける。
「お騒がせしました。あれは当方のアシスタント、魔術学科の四回生、ガイア=サラクェルです」
「悪いヤツではないのですが非常に愚鈍な人間で、こちらも頭を痛めているのです」
 二人揃ってこめかみを押さえ、頭痛に苦しんでいる素振りをする。場内にどっと笑いが巻き起こる。
 くそっ……人を笑いの種にしやがって。
 スポットライトの光をピンクにしてやろうかと思ったが、どうせ後から痛い目に遭わされるので、ぐっとこらえる。
 それにしても、よくもまあ、これだけの設備を借りられたものだ。全てかなり性能のいい高価なものである。レンタルするにしても、かなりの費用がかかったはずだ。その資金はどこから出たのだろう? もしかすると、ヴァルマが紫電の原稿料を報道部から搾り取って当てたのかもしれない……。
「さて、討論に入る前に、もう一度事件の顛末をおさらいをしておきましょう」
「こちらを御覧下さい」
 と、スクリーンに映像が映し出される。
「まず、事件は今日から四日前の未明、第三宝物庫にて起こりました」
「犯人の侵入したと思われる経路は、この図の赤い矢印の通りです」
 スクリーンに第三宝物庫とその付近の見取り図が映し出される。宝物庫の周囲には青い丸が幾つか記されている。その日の警備配置だ。そして宝物庫正面口の所だけが青の二重丸になっており、そこがグレイスである事を示している。更にそれを塗り潰すかのように赤い矢印が宝物庫内へ伸びている。
 こんなの、グレイスには見せられないな……。
 二人が明るい口調で事件の経緯を説明する姿を見ながら、俺は苦笑する。
 本当は、今日のこの討論会にはグレイスも来てもらう予定だった。なんせ、この事件の中核にいる人間だ。俺個人の感情で言えば、こんな傷口に塩を塗り込むような会には来て欲しくはないのだが、傍聴者は納得しないはずだ。それで一応、この場に来る事にはなっている。グレイスはまだこの会場には来ていない。当然の事ではあるけど、未だ自室にこもりっきりなのだ。今、リームが説得に向かっている。リーム自身も無理にこの場に引っ張り出す事に気は進んでいなかったが、こちらの味方であるべき傍聴者のムードが盛り下がる危険性を考えた上で説得に向かったのだ。いつも自分の感情だけで動くリームにしては珍しい行動だ。やはりそれだけ、グレイスの件には慎重になっているのだろう。
「さて、いよいよ討論の開始です!」
「まずは青コーナーより、我らがヴァルマ=ルグスの入場です!」
 湧き上がる歓声。
 が、その時。
「こら、そこ!」
「こら、そこ!」
 突然、エルフィとシルフィは前列の傍聴者の一人に向けてマイクを投げつけた。場内に、ゴンッ、という鈍い音が響き渡る。この位置からはよく見えないが、ぶつけられたヤツは相当痛い思いをしているだろう。
「こそこそブーイングしても聞こえるからね!」
「こそこそブーイングしても聞こえるからね!」
 再び湧き上がる会場。
 やれやれ……。こんなんでいいのか……? 傍聴者は今回の勝負の結果の見届け人だというのにさ……。
 リームでさえ私感情を抑えているというのに。こいつらは相変わらずいつものペースだ。




 いや、いいよ。
 そう言ったきり、グレイスはベッドの上に座ったまま、ボーッと窓の外を見つめている。
 ここニ、三日の間にグレイスの表情はやけに虚ろになってきた。話し掛ければ微かに微笑んだりはするものの、またすぐに無表情に戻ってしまう。そんな表情は見ているだけでも辛い。
 討論会に行こう。絶対にヴァルマのヤツがなんとかしてくれるから。
 私はそう言ったのだけど、やはりグレイスは気が進まないようだ。
 力ずくで強引に連れて行く事だって出来る。私の得意分野だ。
 でも、それはやっぱり出来なかった。今、会場にグレイスを連れて行かなければいけないのは分かる。それを理解した上でここに来たのだから。なのに、いざ本人を目の前にしてしまうと、気が退けてしまう。ここまで自分の無力さを感じた事は初めてだ。どんな障害があっても、全て力ずくで跳ね除けてきた。けど、今は私の力は全く通用しないのだ。グレイスをなんとかしてやりたいけど、私には何にも出来ない。それが悔しくてたまらない。
「どうしても、嫌?」
「別に、いいんだよ。もう」
 微かに微笑んで、また視線を窓の外へ。
 別にいいって?
 自分の処分は取り下げられないと思っているのだろうか? それとも、グレイスはもう、なにもかも諦めているのだろうか?
 どっちにせよ、この状況は耐え難い。
 私は、自分とグレイスとの距離を感じずにはいられなかった。お互いを心から信頼し合っているはずだから、もっと頼ってもらえると思ってたのだけど。なのにグレイスは、全部自分の中で解決してしまおうとしている。それを見ていると、グレイスにとっての私という存在が、グレイスと自分とでは認識の仕方に温度差があったように思え、哀しかった。
「……行かなくていいの?」
 窓の外を見つめながら、ぽつりとグレイスがつぶやく。
「私の役割は、グレイスを連れてくる事だから」
「そう……」
 それっきり、再び部屋に静寂が訪れる。
 会話が続かない。
 普段は、私がずっと喋ってる事の方が多かったっけ。でも、今は言葉一つにも慎重に選ばなくちゃいけないから、どうしても言葉が詰まってしまう。
 時計に目を向ける。
 そろそろ始まる時間だ。
 やっぱり本人がいないと……。
 私は強引に連れ出したいのをぐっとこらえる。
「リームらしくないね」
「え?」
「いつもだったら、四の五の言わずにさっさと行く、とか言って連れて行くのに」
「……だって」
 本当は、グレイスが嫌がる事はしたくはないのだ。でも今回は状況が状況だけに、事を確実にするためにどうしても来てもらわなくてはいけないのだ。
 グレイスのためだ、というのは分かってる。けど、どうしても出来ない。理屈では理解してるくせに、どうしても躊躇ってしまうのだ。
「とにかく! とにかく、私は待つからね」
 それを言うだけで私は精一杯だった。
 グレイスは相変わらず微かに微笑むだけで、視線すらこちらに向けようとしない。
 けど、それでも私は構わない。グレイスが自分で来る気になるまで、私は絶対にグレイスの手を引っ張ったりするつもりはない。



TO BE CONTINUED...