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「よろしくお願いしまーす」
翌朝。俺はエルフィとシルフィの三人で、正面門でビラを配っていた。ビラの内容は、例の宝物庫襲撃事件についての処分をどうこう言ったものだ。作成者は無論ヴァルマである。それをロイアが道具一式を借りてきて夜を徹して手作業で刷ったのだ。そして休まず、別の門でリームと一緒にビラ配りに勤しんでいる。
よくもまあ体力が続くものだと思う。けど、それだけロイアもグレイスの事で一生懸命なのだろう。エルフィやシルフィだって、幾らなんでもヴァルマの言う事だけでここまで付き合うとは思えない。やはりみんな、何とかしてグレイスの処分を取り下げようと頑張っているのだ。
セシアは今、上の爺様連中を引っ張り出そうと頑張っている。これだけはセシアにしか出来ない事だ。セシアは史上稀に見る天才法術師だ。さすがにそんな彼女の言う事を黙殺する事は出来るはずがない。
「なかなかもらってくれませんねえ」
「なかなかもらってくれませんねえ」
と、二人は溜息をつく。
あれほど考えないようにしていたのに……。俺は脱力するあまり溜息をつく。
「だろうな。こんなの、個人融資の案内と大して変わんねえからな」
大体、十人に一人ぐらいが受け取ってくれる。そして、最後までちゃんと目を通してくれるかどうかになると、その中から十人に一人ぐらいになるだろう。はっきり言って、絶望的な数字だ。とてもアカデミー全部の生徒に認識させるなんて、この調子ではかなり厳しい。
「こんな事なら剣を持ってくれば良かった」
「こんな事なら剣を持ってくれば良かった」
二人はさらっとした表情の中に、僅かに殺気の色を浮かべる。
「やめろ。それは犯罪だ」
剣を持ち出して何をするのかなんて、息をするのと同じぐらい自然に考え付く。
まったく。こいつらの場合は冗談でないから恐ろしい。あの鬼畜兄のためなら本気で手段を選ばないのだ。一体、あいつのどこが良くてそんな気にさせるのか。俺にはまるで理解不能だ。
「気合を入れてやりなさい、ガイア」
「もっと人目を引くように工夫しなさい」
と、今度は成果が振るわない原因を俺のせいにしてきた。
「はあ? 俺なんかパッとしないヤツに何が出来るってえの。お前らが水着姿で配った方がよっぽど効果があるんじゃね?」
性格は腐っているが、二人の容姿はアカデミーでも指折りのものとの評判だ。ヴァルマも、顔色も悪く性格が醸し出す陰気ささえなければ、かなり人気の出そうな美形である。三人の両親はさぞ美形だったのだろう。だが、もう少し思いやりについて教育して欲しかったものだ。
「兄様がそう言えばやります」
「兄様がそう言えばやります」
半ば冗談のつもりで言ったのだが、二人はさも当たり前の事のようにそう答えた。
本当にこの兄妹は変わっている。一般的に言われている兄妹の範疇を通り越した仲の良さ。もはや兄妹と言うよりも恋人同士のようだ。長身の陰気な男の両腕にそれぞれ、全く同じ容姿の女二人がくっついている光景はとても妖しい雰囲気を醸し出している。街中をあれで歩いていると、嫌でも注目を集めてしまう。
「まあ、これは第一段階ですからね」
「まあ、これは第一段階ですからね」
「なんだ、第一段階って」
ふと、二人の口をついた聞き慣れない言葉に、俺は眉をひそめる。
「これは下準備、小説で言えば伏線のようなものなのです」
「だから、結果が多少揮わなくともなんら問題はないのです」
「ちょっと待てよ。俺はそんな話は聞いてないぞ。ヴァルマがそう言ったのか?」
「無論です。本格的始動は、今日の午後なのです」
「無論です。兄様は腹心にしか全てを明かさないのです」
腹心、ねえ……。確かに、ヴァルマの腹心なんて言ったらこいつらぐらいだしな。後はしょっちゅうそこいら中で敵ばっかり作ってるし。
こいつらに敵が多いのは、その極めて自己中心的過ぎる性格のせいだ。無理をヴァルマの知略とエルフィシルフィの力とで押し通すため、恨みを抱かれても無理はない。だが、三人の持つ力があまりに強いため、その大半が復讐の念を抱いても果たす事には二の足を踏んでいる。そして無謀にも果たそうとした者は、例外なく悲惨な結果に終わってしまっている。そんな三人と親しい付き合いをしているのは、アカデミーのみならず、俺達ぐらいなものだろう。そういう意味では異常とも言えるか。
「で、本格的始動って具体的には何をするんだ?」
「当項は最重要機密を要します」
「その件に関しては一切お応えする事が出来ません」
ぷいっと揃って俺に背を向ける。
「んだよ、その態度。教えろって」
「リタイアします?」
「リタイアします?」
ぐっ、とこぶしを握ってニッコリ微笑みながら振り返る。
そういえば、どこぞのバカが強引に二人をナンパして、即刻法術学科に搬送されたっけ……。
二人は既に剣術学科にある剣技は全てマスターしている。実力だけなら教師と大差ない。そんな二人だけに、その気になれば木の枝だけでもこのように散々な目に叩きのめす事が可能なのだ。
「いや……やるよ。グレイスのためだし」
やっぱり、こいつらには逆らわない方が身のためだ。俺だってもう少しで卒業だっていうのに。それをつまらない理由で先延ばしにはしたくない……。
ふと、その時。自分がグレイスのためにやっているのか、それともこの二人に痛い目に遭わされたくないからやっているのか分からなくなってしまった。
しっかし、これさえなけりゃあ二人とも可愛いんだけどなあ……。
もったいないなあ、と溜息をつく。
「その態度はなんだ!」
「その態度はなんだ!」
昼休み。いつもの食堂の席に俺達は集まった。作戦会議を兼ねた昼食である。
が、今日はグレイスに引き続き、エルフィとシルフィの姿もない。
「ヴァルマ、お前の巾着袋はどうした?」
「所用に出かけさせている」
そう呟き、水の塊を俺の顔に直撃させる。今の俺の言い方がまずかったらしい。
「つつ……で、なんだ、所用って」
顔面に残る痛みに耐えながら、なおも俺は問い返す。
「まず、これからの作戦について説明しよう」
と、ヴァルマはひとしきり咳き込んでから話し始めた。
「今朝はビラを配ってもらったが、次はもっと固定読者の多い媒体を用いる」
「固定読者って?」
と。
「キリキリ歩きなさい」
「キリキリ歩きなさい」
食堂内に響くエルフィとシルフィの声。その二人に背中を小突かれながら歩かされている、一人の男子生徒の姿があった。
「紹介しよう。我が校の報道部の部長、クレストラ=クランド君だ。今回、我々に快く協力してくれるそうだ」
「ど、どうも……」
そう紹介された報道部の部長、クレストラ=クランドは、おずおずと怯えたような様子で一礼する。
どう見ても、協力という様子ではない。ほぼ間違いなく、何らかの脅迫を受けている。こいつらの常套手段だ。こいつらに弱みを握られる方が悪いのだが、俺は彼に対する深い同情を惜しまなかった。
「彼の協力で、我らが報道部が三十年以上に渡って発行し続けている『紫電』誌上において、宝物庫襲撃事件の特集を組む事と相成った。これで生徒の注目を更に引き付ける」
今度は校内新聞ジャックか。次から次へと、頭の良く回るヤツだ。
「なあ、それになんか意味があるのか? 今更事件の事を大きく広めるよりも、アカデミーのジジイ共をどうこうと、お前の得意の毒舌で攻撃した方が効果高くねえ?」
「生徒を含む大衆が一斉に注目する事で、アカデミー側が迂闊な動きが出来なくなるだろう? 何をするにしても公明正大な理由が必要になる。まずは退路を塞ぐ事で、初めて攻撃が生きてくるのだよ。これが戦略というものだ」
なるほど。確かに普通に攻撃した所では、のらりくらりとかわされてしまうだけだしな。しかし、大勢の人間が注目しているとなると、適当な理由では誤魔化し通す事は出来ない。まったく、さすがはヴァルマだ。こいつが味方で本当に良かった。
ウチの校内新聞はかなり本格的なもので、その記事内容の充実さから、アカデミー内だけでなく街の一部の店でも販売しているほどだ。週刊で、およそ一万部前後売れると聞いている。という事は、それだけの固定読者へのアピールが見込める事になる。この半数が事件に興味を持ったとしても五千人だ。さすがに五千人の目を無視する事は出来ないだろう。
「おい、ルグス。本当に……」
ふと部長が不安そうな面持ちでヴァルマに話し掛ける。まるで再度確認を取るかのような、慎重な口調だ。
「ああ、約束は守る。果たすべき事を果たしてくれたらな」
そう答えたヴァルマの薄ら笑みが、俺は悪魔に見えて仕方なかった。
一体、どんな約束を交わしたのだろう……?
けど、考えれば考えるほど恐ろしかったので、俺は考えない事にした。
TO BE CONTINUED...