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「リーム!」
私は猛然と駆けるリームの手を取る。
瞬間、リームの手を握り締めた自分の右手に魔力を集中させる。そして、そのままリームが向かうのとは逆方向に向けて引っ張った。
一瞬、互いの力が拮抗し、握り締めた手に大きな負荷がかかる。力の拮抗はリームの前進を妨げ、この場に強制的に留めさせる。
「何よ! 離して!」
「いいえ、離しません」
私はしっかりとリームの手を取ったまま、一歩たりともこの場から動かないように力を込めた。今の私は心機能が衰えている。そのため、幾ら昇華を使っているとしても、リームをこのまま留めさせる自信はない。
「一体どうする気なんですか?」
「決まってるじゃない! ジジイ共をブン殴って、グレイスの処分を取り消させるの!」
まるで獣のように吼えるリーム。その凄まじい気迫に、思わず私は圧倒されそうになる。
「何を言っているんですか。そんな事、無理に決まっています。余計に事態をややこしくするだけです。自らの首を締めかねない行為ですよ」
「じゃあ、どうしろって言うのよ! グレイスをこのまま黙って送り出せって言うの!?」
「そうではありません。この事はきっと皆さんが何とかしてくれます。だからあなたは、グレイスの元に行ってあげて下さい」
じろっ、とリームの視線が突き刺さる。余計なお世話だ。そんなリームの声が聞こえてくる。けれど、私は怯まない。
「あなたにとってグレイスが必要な存在であると同時に、グレイスにとってもあなたは必要な存在なんです。今、きっとグレイスはあなたの事を考えているはずです。だから、早く行ってあげて下さい」
突然、リームは私よりも更に強い力で手を振り解くと、無言のまま駆け出した。余計な御世話だ、という言葉の裏側がそのまま反映された結果だ。リームの必死な背中を、私は静かに見送った。
その時。私は、ようやく自分のした事の重大さに気がついていた。私の犯した事で傷つくのは、グレイスだけではない。こうしてグレイスに関わる人間全てが傷つく事までに、私は思慮が至っていなかったのだ。
そして、ここに。自らの罪を正当化して口を閉ざし、同じ被害者の仮面を被った私がいる……。
「グレイス! いるんでしょ!?」
通い慣れたグレイスの部屋。
私はドアに向かって何度も問い掛けてみる。けれど、一向に部屋の中からは返事がない。
本当にいないの……?
けど、既にグレイスが行きそうなところは大方回った。だったら後は、部屋に戻ってるぐらいしか思いつかない。私は合鍵を使って中に入った。一応、私達は互いの部屋の合鍵を持っている。そういう仲だし。けど、特に差し迫った場合でもない限り、相手の承諾もなく入り込むような事は暗黙の内に禁止にしている。
ま、今回は緊急事態だからね……。
「グレイスー、いるんなら返事してよ」
部屋の中に入ると、相変わらず几帳面に整理されていた。荷物はちゃんとある。まさかとは思ったけど、部屋をたたんで出て行ってはいないようだ。しかし、ここにグレイスがいないとなると、これは少し事だ。さっきも言ったけど、グレイスが行きそうな所は全部回った。そう、全部だ。私は、グレイスの事は他の誰よりも知っているのだから。
これ以上ここに居ても仕方なく、私は部屋を飛び出した。
もう一度、グレイスが立ち寄りそうな場所を探し回ろう。もしかすると、どこかで入れ違いになったに違いない。まばらに人通りのある街を、私はグレイスの姿を求めて駆ける。どんなに速く走る事が出来ても、グレイスが見つかる事はない。それが余計に焦燥感を煽り、一層前に前にと私の背中を押す。行き交う人の、何不自由のなさそうな表情が酷く癇に障った。あっちはこっちの事情なんて知らない訳だし、別に私に見せ付けている訳でもないんだけど。でも、どうしてもその表情に苛立ってしまう。
本当に、どこに行ったのよ……。
確かにあんな事があったのだから、辛いって思うのは分かる。いきなり除籍だなんて、気にしない方がおかしい。
だけど、辛いなら、どうして私にも隠れるのだろう? 私は馬鹿だし無骨だから何にもしてやれないけど、でも、ずっと傍に居て支えてやれる。グレイスの持つ苦しみだって、私は唯一自分が共有してやれる存在だって思っていたのに。そんなに、私って信用がないんだろうか?
昼下がりの街中を、なおもグレイスの姿を求めて駆ける。
胸の中は不安でいっぱいではちきれそうだった。息が苦しいとか、足が痛いとか、そんなものなどとっくにどこかに置き忘れてきてしまった。
と―――。
街の中央に位置する石橋に差し掛かったその時。
「あ!」
遂に私は捜し求めていたその姿を見つけた。
「やっと見つけた!」
グレイスはボーッとしながら川の流れを見つめていた。その瞳はいつになく虚ろで、酷く哀しげだった。
「このバカグレイス!」
私は感情の向かうがままにグレイスの肩を掴み、無理やりこちらを向かせた。
「うわっ!? ……あれ? リーム?」
一瞬、突然の事でグレイスは驚きの表情を浮かべたが、私の顔を見るなり安堵の溜息をついた。
「なにやってんのよ、こんな所で」
「いや、ちょっと……考え事……」
グレイスはばつの悪そうに視線を再び川の方へ向ける。
「何? その態度。人を散々心配させておいてさ」
「……ごめん」
と、グレイスはいつもにも増して口数少なく、その一言を言ったきり黙りこくってしまった。
「なによ、辛気臭いわね」
「……そうだね。でもさ、無理なんだ。空元気も出ない。リームだって知ってるでしょう? 僕が除籍処分になった事」
「そ、そりゃあ知ってるけどさ……でも」
グレイスの除籍処分は、なによりアカデミーで最高の権力を持つジジイ共が下した処分だ。どうあがいたって、普通はどうしようもないと私も思う。だけど、それは絶対ではないのだ。世の中には絶対なんてものはない。
「ごめん……約束、守れそうもないね。卒業したら、一緒にバウンサーやろうって約束……」
グレイスは、僅かに涙ぐんでいた。
弱々しい顔立ちをしているクセに、グレイスは頑固なほど意思力がある。一度決めた事は、絶対にやりとげる人だ。その、見た目以上に強いグレイスが、涙を浮かべるなんて。やっぱり、私が思っている以上に悔しい思いをしているのだ……。
「グレイス」
「……ん?」
覇気のないグレイスの返事。私はかまわずグレイスの頭を掴み、無理やりこっちを向かせた。
「わっ?」
そして、そのまま唇を重ねる。
いつもは自分からする事はないんだけど。なんとなく、その場の勢いだ。
こんな人通りで、こういった事に及ぶ恥ずかしさはあったけど。今は、グレイスの今年か考えられない。
頭を抱き締めるように固定したまま、数十秒後。私はゆっくりと唇を離した。
「私は諦めないから。だからグレイスも諦めないでよ」
そう言い残し、私は踵を返して逃げ出すように走った。
柄にもない事をしたせいだろうか。なんかとても恥ずかしくて顔が熱くなった。
TO BE CONTINUED...