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 昼休み。いつもの面子での昼食だったが、今日は一人だけ足りない。そう、グレイスだ。
「リーム、少しは食べたら?」
「うん……」
 そうセシアに気づかわれるリームは、珍しくほとんど食事に手をつけていない。
 原因は分かり切っている。今朝、グレイスが突然査問会に召喚された事から始まる。グレイスを含む昨夜第三宝物庫を警備していた連中は、深夜に奇襲を受け、それに対処できずに神器を奪われてしまった。その件で査問会に召喚され、そこで処分を検討されるのだ。
 俺達がセシアとヴァルマを捕まえてそこに向かった時には、既に査問会は終わってしまっていた。おまけに、それ以来グレイスも行方知らずだ。少なくともアカデミー内にはいない。俺達は授業にも出ずにアカデミー中を探し回ったのだから。
 リームはすっかり落ち込んでしまっている。グレイスが心配で心配で仕方ないのだ。
 結局、一口か二口程度で昼食を終えてしまった。
 普段のリームはエネルギーが有り余っていて終始落ち着きがなく、何かと鬱陶しいものがあった。けど、こうしておとなしくなってしまうと、逆にどこか違和感や不安感を感じてしまう。やはりリームは普段の傍若無人な方が彼女らしくていいのだ。
 重苦しい雰囲気のまま、言葉数少なく昼食を終える。
 俺もなんだかあまり食べた気がしなかった。食欲がなかった訳じゃないが、どうも喉につかえているような感じがしている。相変わらず園内はざわざわと騒がしかった。どこからか、昨夜の宝物庫襲撃事件の事が漏れて噂されているのだろう。俺の知っている限り、宝物庫が襲撃され神器を奪われたなんて、ここ数十年の史上では聞かなかった話だ。
 一体、第三宝物庫を警備していた連中の処分はどうなったのだろう? 少なくとも不問で終わるはずはない。これだけの重大な事件なのだから、相当重い処分が下される事は覚悟しなくてはいけない。
「ん?」
 ただでさえ周囲が騒がしかったのだが、何やら一際騒がしい溜まりを俺は見つけた。そこには、まるで砂糖に群がる蟻のように、随分大勢の人だかりが出来ている。
「なんだ、あれ?」
 そう隣のセシアに問う。
「ここって、掲示板じゃない。だったらもしかすると―――」
 俺はすぐさま駆け出した。
 謝りながらも、強引に人波を掻き分けて掲示板の方へ近づく。途中、強引な割り込みをした俺に罵声が飛んできたが、今はそんな事を気に止めている場合ではなかった。
 あ、あれは……。
 ようやく見えてきた掲示板。そこに張られ、これだけ大勢の人間の注目を集めていたのは、理事長の証印が入った告知だった。
 理事長が何かを発表したり認可する時などに使われる証印だ。このアカデミーで最高の権力者である理事長の証印は、絶対の決定を意味する。それだけに、そう何度もお目にかかれるようなものではない。
 前後左右の人から揉みくちゃにされつつも、更に俺は掲示板の方へ近づく。なんとか文字が読める位置まで近づけたその時。告知に記されていた文字を見た俺は愕然とした。
 グレイス=ハプスブルグを神器紛失の責を取り除籍処分とする。
 だがしかし。その下に記載されている名前。おそらくグレイスと一緒に第三宝物庫を警備していたヤツだろうが、そいつらの処分は停学になっている。
 一体どうしてグレイスだけなんだ?
 とにかくその文字を確認した俺は、再び人波を掻き分けて群れの中から抜け出た。僅かに遅れて、リームが人の群れの中から出てきた。俺と一緒にあの中へ入っていったようだ。
「リ、リームさ……」
 リームはぎりぎりと歯を食いしばりながら、拳が真っ白になるほど強く握り締めている。
 怒っている。
 一目でそれが俺には分かった。思わずぞっとするほどの殺気が辺りに立ち込めている。
 と、急にリームは黙ったまま踵を返し、そのまま走り去っていった。
「お、おい!」
「私に任せて下さい!」
 すかさずその後をロイアが追って行った。この面子だと、今のリームを止められそうなのはロイアぐらいだ。リームは一度頭に血が上ると、何をしでかすか分かったものではない。ここはロイアに任せておこう。
「ガイア……もしかして?」
「ああ……」
 今のリームの様子だけで、一体何が書かれていたのかは十分に推測できる。
「それにな、グレイスだけだった。後の連中は停学で済んでる」
「グレイスだけ? ちょっと、どういう事?」
 珍しくセシアが語気を荒くしている。無理もない。それは理不尽としか呼べない裁決なのだから。
「分かんねえよ! おい、ヴァルマ! なんとかならないのか、これ!」
「ならなくもないぞ」
 ヴァルマは平然とした表情でそう答える。
 普段はその冷静さが嫌味に思えて腹が立つこともしばしばだったが、今は逆にその表情が頼もしく見えてくる。
「本当か? まずはどうすればいいんだ?」
「まずは、昨夜の状況の詳細を知らなくてはいけない。そこから、アカデミーの処分の不当性を叩く理由を見つける」
 俺達は昨夜の事件の詳細は全く知らない。事件の詳細を把握しなければ何も始まらないという事だ。ヴァルマは性格こそ破綻しているものの、こういった時の分析力は非常に頼りになる。
「そこんところはグレイスを捕まえて聞き出そう」
「うむ、そうだな。それから、セシア。君がなんとか上部を引っ張り出してくれ。公開討論の場を設けたい」
「ええ、分かったわ。任せておいて」
 セシアには、アカデミーの生徒の中でも有数の発言力があるのだ。不知火創設以来の天才法術師との名声を得ている。今では神器の研究会に携わっているほどだ。
「具体的な計画はそれからだ。私が指示を出そう」
 分かった、と俺はうなづく。
 ヴァルマに従って、なんとかグレイスの除籍処分を取り下げさせなければ。こんな理不尽な処分を黙って見過ごせるほど、俺は脳が溶けている訳ではない。グレイスは俺にとって大切な仲間の一人だ。何としてもこの危機状況から救ってやらねば……!



TO BE CONTINUED...