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 ヴァルマは街へ出かけていった。行き先は手配所である。この国では、治安の強化の意味で賞金制度を設けている。指名手配中の犯罪者に賞金とリスクレベルを設定し一般に公開する。ターゲットを捕らえたならば、手配所に引き連れてしかるべき手続きの後に設定された賞金が支払われるのである。ちなみに、大抵の犯罪者の捕獲条件は生死不問である。殺した場合は、確かに仕留めたという証拠を持っていけば賞金が支払われる。普通はターゲットの首だ。
 ヴァルマは五段階でランク付けされているもののうち一番下のリストと資料を持ち帰った。ランクはそのままリスクと賞金額を表す。ようやく魔術師として形になってきたばかりのヴァルマにとっては、このぐらいのレベルが限界なのである。それに、ランクの低い犯罪者は無計画な再犯率が高く手がかりも残しやすいため、比較的短期間の内に発見する事が出来た。
 ヴァルマは、身に付けた魔術と天性の頭脳をフルに生かし、次々と犯罪者を捕獲していった。一回一回に支払われる額は微々たるものだったが、週に二、三人という凄まじいペースで捕獲し続けたためか、瞬く間にまとまった額の金が貯まった。手に入れた金は、念のためエルフィとシルフィが厳重に管理をした。いつ、この金の事が外に漏れ、そして狙われるか分からないと考えていたからだ。既に三人にとっては、自分達以外の人間は敵か否かでしかなかった。油断を見せればすぐにつけ込まれる事を知っていたからだ。特に金に対しては、人はいとも簡単に手のひらを返すものなのだ。
 やがて、ヴァルマが賞金稼ぎを始めてから半年後のある晩、三人は行方も告げずこっそりと孤児院を後にした。もう帰ってくるつもりはなく、僅かな荷物を全て持ち、そして書置きすら残さなかった。たとえ残したところで、まさか捜索するとは思っていない。自分達はここでも厄介物にしか過ぎなかったのだから。
 三人は話し合った結果、将来の事も考え、アカデミーに入学して戦闘のプロになる事を選択した。幸いな事に、ニブルヘイムは各アカデミーには補助金を出しており、多数ある民間財団のバックアップもあるため、学業費を心配する必要はなかった。ただし、問題なのは入学試験だった。入学は簡単だが卒業は難しいというのがアカデミーのセオリーではあるが、かと言って何もせずに合格出来るほど簡単なものでもない。
 三人は数あるアカデミーの資料を綿密に検討し、現実的に試験の合格を考えられる範囲内で最も高いランクのアカデミーを選択した。入学試験まで、あと数ヶ月ほど時間がある。その時間を試験に向けての対策に当てる事にした。エルフィとシルフィは剣術学科を受験する事にした。基本的な体力は問題なかった。腕力はなかったが、毎日のように山を歩き回っていたため脚力と持久力だけは人並以上に優れていた。しかし、入学試験には一般教養試験もある。二人はこれから、この試験をクリアするための勉強をする必要があった。ヴァルマは基本的な魔学の知識は十分過ぎるほどある。とっくに魔術師として賞金稼ぎも行えるほどの実力があるのだ。レベルは一回生よりも劣りはするが、入学試験については問題はなかった。
 三人はアカデミーのある街へ居を移し部屋を借りた。三人で住むにはいささか手狭なその空間で、彼らの生活が始まった。いつも三人は一緒に居たが、三人だけでの生活はこれが初めてだった。ヴァルマは時折賞金を稼ぎ生活資金に当てた。だが、それほど体力のないヴァルマはしょっちゅうそんな重労働をする訳にもいかないため、エルフィとシルフィも給仕の仕事をした。
 時間があれば、エルフィとシルフィはヴァルマに勉強を見てもらった。それほど楽な生活とは言えなかったが、初めて手にした自由は三人にとってこの上ない幸せだった。自由とは何もかもが自分の責任であるという事にも直結するシビアなものだが、三人には何の苦にもならなかった。気兼ねなく過ごせる僅かな生活スペースが何よりの安らぎの場だったのだ。
 好きな時間に起き、好きな時間に寝る。好きなものを食べ、好きなお茶を飲む。好きな花を育て、好きな本を読む。何をするのも自分達の自由であり、何の気兼ねも必要がなかった。勉強がはかどらなければ、悔しさを紛らわすために泣いたりもした。他愛もない事を話していても、おかしければ思い切り笑ったりもした。戯れに、唇や体を重ねたりもした。好きに使える僅かな金で、気に入ったアクセサリーも買ってみたりもした。これまでは、常に周囲の目を気にしながら生活していた。だが、さすがにこの街では田舎の村に伝わるような迷信などは信じられていなかった。双子というものが珍しく、たまにすれ違った時に振り返る人がいるぐらいだ。これまで向けられていたものとは全く違うものだ。
 ようやく、形ある安らぎと幸せを手に入れた。三人はそう信じてやまなかった。これまでは養ってもらう事で、ある程度周囲との接点を持っていた三人だが、こうして独立した事で完全に周囲との接点を失ってしまった。本人達は気づいてはいなかったが、更に三人の世界は閉鎖的になっていった。自分達しか信じなかった代償である。
 やがて、その年の入学試験は日程通りに行われた。ニブルヘイムの各地から、戦闘のプロになる事を夢見る者達がぞくぞくと集まった。<試験は昨年にも増して白熱し、互いに凌ぎを削り合った。そして合否判定の発表の日。三人は問題なく入学が認められた。




 三人が力を求めるのは、二つの意味があった。
 一つは、誰にも頼らず自らの力で生計を立てるため。
 そしてもう一つは、どこにもない自分達の居場所を力づくで獲得し、そして守るためだ。
 力こそが自分達の存在を守り、そして幸せに導く要素であると信じていた。
 本当に彼らの居場所がどこにもないのか。
 極論を言えば、それは被害妄想に過ぎない。
 しかし、三人は幼い頃から自分達を脅かす存在に囲まれて生きてきた。
 そんな彼らに、『この世は光に満ち溢れている』とは言えるものではない。
 今後、三人はアカデミーでも有数の実力者に成長し、神器と共に並々ならぬ力を手にする。
 その力が、果たして三人に真の意味での幸福をもたらすのか。
 それは、誰にも知る余地はない。



TO BE CONTINUED...