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孤児となった三人は、別の村に住む父方の叔父の元へ引き取られる事になった。それは周囲への体裁上、仕方なくの事だった。三人への対応は相変わらず冷たいものだった。その上、両親を殺したのは三人であると叔父家族までが信じきっていたため、誰一人として必要以上に関わろうとはしなかった。
それから、一ヶ月と経たずにまた別の親戚の家に移された。いわゆる厄介払いだと、ヴァルマは直感的にそう感じ取った。引き取り先、引き取り先、どこでも三人は忌み嫌われた。故郷の村の伝説とはまるで縁のないはずの所でも、どこから来たのか三人のいわくは伝わっており、まるで死神か疫病が来たような冷たい扱いだった。三人は初めからそうなる事は分かっていた。自分達は、両親を呪い殺した悪魔という事になっているからである。どこの家だって、そんな厄介者を本気で引き取ろうなんて思うはずがない。
この現実を、ヴァルマは斜に構える事無く真っ向から対峙していた。彼にとって周囲の言葉は砂と同じだった。いちいち何を言われようが気にならず、直接的な害を及ぼさない限りは決して反抗する事はしなかった。その分、直接何かをされた時は一線を画していた。初めは石などで直接殴り返す事が多かったが、次第に体力の差も意識せねばならなくなった。そこでヴァルマは、山から揮発性で微弱な毒性を持つ植物を採取し、それを夜中などに対象の家の中へこっそり放り込み、体調が崩れた所を襲う戦法を使うようになった。山は長年慣れ親しんでいるため、植物を採取する事など三人にとっては何の苦労もない。
無論、そんな事をしていれば自分達の立場を悪くするだけである。ただでさえ自分達はいわくつきの余所者であるのに、世話になっているはずの村人に大怪我をさせてしまえば当然の事だ。しかし、そうと分かっていてもヴァルマは自分を抑えられなかった。兄という使命感と保護欲、そして自分達に敵対する者への暴力性は、心身共に未熟なヴァルマに抑えきれるものではなかった。
預けられては騒ぎを起こし、また次の所へ預けられる。そうして一年近く親戚中をたらい回しにされた末、最後に行き着いたのは養護施設だった。そこは老夫婦が寄付と国からの援助で経営する些細なものだった。院内にはおよそ二十名ほどの孤児がおり、皆、早くに両親を失って行き場をなくした子供達だった。
最初ヴァルマは、ここならば自分達の居場所があるのではないかと考えた。ここにいるのは、みんな自分達と同じ、居場所を失った人達だ。ある程度、感応し合えるものがあるはずだ。しかし、その淡い期待も一日目で裏切られた。どこから漏れたのか知らないが、三人のあの噂が孤児院内でも公然と囁かれていたのだ。そのため、ここでも同じように露骨に避けられる事になった。老夫婦は三人に微笑みかける事はあっても、やはり必要以上に近づく事はなかった。いわく付き、しかも極めて特異な一卵性双生児である。その異質さが、より周囲の不安感を煽る材料のなったのだ。
やはり、三人には居場所がなかった。落ち着ける場所に辿り着いたと思っていたのだが、ここも三人の安息の地には成り得なかった。しかし、幾ら苦痛に思っても三人には他に行く場所はなく、ここに留まる他なかった。年長者は比較的三人には理解を示している素振りを見せた。三人が孤児院内に溶け込めるようにと世話を焼くお節介もいたが、三人は信じようとはしなかった。社会的立場を高めるための行動にしか過ぎないと信じきっていたからだ。
ある日、ヴァルマは体調を壊して寝込んだ。度重なる環境の変化による疲労が原因だった。ヴァルマが寝込んでいる間、エルフィとシルフィはヴァルマのいる部屋から一歩も外に出ようとはしなかった。最初は恐る恐る普段の生活スペースに行ってみたのだが、すぐに逃げるように戻ってきた。原因は、前にエルフィが顔に石をぶつけられた体験にあった。その時の痛みが周囲の人間に対する恐怖として心に残っているのである。そして、双子のシルフィはエルフィと感覚を文字通り共有しているため、恐怖が比喩的な意味ではなく伝わってくるのだ。
いつも自分達を守ってくれるヴァルマが寝込んでしまっている今。しかし、二人はヴァルマと共にいなければ不安で仕方がないため、ベッドの傍から離れようとはしなかった。そんな二人の様子をベッドの上で見ていたヴァルマは悟った。この先、二人を守っていけるのは自分しかいない。他の人間は信用に値しない。そして、大切な二人を任せる気もない。自らの力で自分達三人の居場所を勝ち取らなくては、一生幸福は巡って来ない。しかし、今の自分にはそれだけの力はない。ありとあらゆる天災、人災から二人を守り抜かなければいけないのに、この体では、二人どころか自分自身すら満足に守る事が出来ない。
自分の無力さを痛感した瞬間だった。幾ら気持ちが走っても、病弱な体がついていかない。ままならない自らの体を、ヴァルマは心から呪った。
更に容態が悪くなっても、ヴァルマは医者どころか薬すら与えられなかった。周囲の、いっそこのまま、という気持ちがひしひしと伝わってくる。
ヴァルマは精神力だけで自らの体を持たせた。こんな所で死んでたまるか。自分にはまだ死ねない理由がある。ヴァルマの様子が良くないと知ると、エルフィとシルフィは二人で山へ出かけていった。昔から山には馴染みがあり植物にはそれなりに詳しく、熱さましの効果のある薬草を探しに行ったのだ。二人だけで外に出るのは不安で仕方がなかったが、ヴァルマがいなくなってしまう事の方がよほど怖かった。二人が採ってきた薬草は、ほんの気休め程度にしか効果はなかった。しかし、それだけでもヴァルマには十分過ぎるほど心強かった。
やがて周囲の期待を裏切って体調が回復すると、ヴァルマは孤児院の書庫室に入り浸るようになった。院長は若い頃に魔術の勉強をしていたため、その時に読んでいた蔵書が数多く残されていたのだ。窓を開けて埃を払いながら、ヴァルマは無数にある魔術書を取り憑かれたように読み漁った。魔術書は十五そこそこの少年にとってはあまりにも難解な代物であるのは明白だった。全く意味が分からないまま、何日も同じページと睨み合う事があっても珍しくなかった。それでもヴァルマは、自力で解読と理解を少しずつ深めていった。やがて、その執念の甲斐があってか、ヴァルマは僅かではあるが魔術の基礎中の基礎を使えるようになった。ごく基本的な、空気中の物質を操作する方法だ。原子運動を加速させて紙を燃やす事。水分子を集めて水を作り出す事。空気の温度差の断層を作って風を起こす事。どれも魔術と呼ぶには粗末なものではあったが、独学でこれだけ出来るようになったのは、まさに驚愕すべき事だった。ここに行き着くまで、実に半年を要した。その間、体調さえ良ければ毎日のように読解と訓練に励んだ成果である。
ヴァルマはこの事はエルフィとシルフィ以外には悟られぬように隠した。魔術は、体力のない自分が周囲の敵と対等に渡り合うための頼みの綱だ。ひけらかす意味はない。ヴァルマは毎日少しずつ、虎視眈々と魔術の腕を磨いていった。それは独学であるため、正規の魔学が行うカリキュラムとは違うものだったが、僅かずつだが確実に魔術師としての実力を高めていった。
やがて孤児院に来て、二年の歳月が経った。ヴァルマは十七、エルフィとシルフィは十五になった。孤児院の中でも年長者のグループに入る。しかし、相変わらず周囲との必要以上の接点は持たず、協調性のなさがより強く浮き彫りになっていた。その頃、一つの問題が浮上した。孤児院には、規則により十八までしか居られないのである。それ以降は独立し、皆一人で各自生計を立てているらしい。らしい、とは、みんながみんな、うまくやっているという保証はないからである。
エルフィとシルフィは、少なくとも後三年は居られる。しかし、ヴァルマには一年も残されていない。これは大きな問題だった。互いに離れ離れになる事は望んでいない。エルフィとシルフィは、ヴァルマが行く所へついていくつもりだった。だが、ヴァルマには三人どころか自分すら養う経済力はない。たとえ三人で孤児院を飛び出した所で、何処かでのたれ死ぬが落ちだ。
どうにかしてまとまった金を手に入れなくてはならなくなった。
しかしヴァルマには考えがあった。
TO BE CONTINUED...